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介護先進国・デンマークを訪ねて
● 「施設から在宅へ」のお手本
  今年10月、筆者はデンマークの福祉現場を訪ねた。デンマークと言えば、日本でも「消費税は高いが(25%)、世界一福祉の進んだ国」というイメージを持つ人は多いだろう。OECD(経済協力開発機構)発表の「生活満足度」(国民の主観による生活満足度を指標にしたもの)ランキングでも1位。ちなみに日本は27位で先進国の中でも下位に位置する。
  高齢者支援施策などにおいて、わが国はデンマークを手本としているものが多い。今年度生まれた24時間の定期巡回・随時対応型訪問サービスなどは、デンマークでは80年代に実施されている。施設から在宅へという介護施策ビジョンの延長にある点も同様だ。また、老後の住まいの受け皿として誕生したサービス付き高齢者向け住宅も、やはりデンマークは80年代にその整備を強化している。
  問題は、こうしたデンマーク発の施策を、日本の当事者の実感で「素晴らしいもの」と評価できているかどうかだ。家族介護が基本となっているわが国と比較するとき、デンマークの高齢者の「子どもや孫と離れて暮らしている」率は100%近くにおよぶ。そうした中で、脱施設・在宅中心という介護体制が30年近く継続していることになる。なぜ政策上の破たんが起こらないかと言えば、「どんなに重篤化しても可能な限り在宅で暮らし続けたい」という意思を、高齢当事者自らが制度に反映させてきた歴史があるからだ。
  80年代に「施設から在宅へ」という大きな転換のきっかけとなったのが、デンマークの国の諮問機関とも言える「高齢者委員会」が実施した当事者アンケートである。この高齢者委員会は全国60万人以上(デンマーク総人口は約560万人なので、その規模の大きさが分かる)の高齢者が参加し、例えば介護施設等の抜き打ち監査なども当事者の立場から手がけている。そして、自分たちが受けたい支援策を国に提言し、それが施策の方向性を決定してきた。わが国でも様々な当事者団体はあるが、施策決定にかかわる発言力という点では大きな差がある。
● デンマークの強みは「当事者参加」が根付いていること
  こうした当事者参加の文化が最も活きるのが、何らかの社会的危機が訪れるときである。今回は7年ぶりにデンマークを訪れたが、その間の世界経済の悪化などは「幸せの国」にも影を落としている。経済成長率はリーマンショック直後にマイナスへと転落し、世界的低水準と称えられた失業率も急伸した。今回訪れた施設の一つも、公的支援の年間予算が日本円で4,000万円近くカットされたという。
  こうした状況下、例えば訪問サービスにおいて、ヘルパーと理学療法士、作業療法士がチームを組み、在宅での生活リハビリ強化に乗り出している。これにより、高齢者の機能維持・向上を図り、結果としてサービス財源の悪化を防ごうとするものだ。わが国が進めるサービス効率化を彷彿させる動きであるが、当事者はその変化を積極的に受け入れている。
  単に物分りがいいというのではなく、「自分たちが施策方針に参画している」という意識がそれを可能にしている。危機的状況の中でも社会連帯の意識が失われず、生活満足度が揺らがないのは、そうした当事者参加の仕組みが機能していることも要因と言えるだろう。
  
田中 元(たなか・はじめ)
介護福祉ジャーナリスト。群馬県出身。立教大学法学部卒業後、出版社勤務を経てフリーに。高齢者介護分野を中心に、社会保障制度のあり方を現場視点で検証するというスタンスで取材、執筆活動を展開している。主な著書に、「2012年改正介護保険のポイント・現場便利ノート」、「認知症ケアができる人材の育て方」(以上、ぱる出版)、「現場で使える新人ケアマネ便利帖」(翔泳社)など多数。
  
2012.11.15
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