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認知症等に罹患している契約者が行った受取人変更は有効?
  今後、高齢者人口の急増とともに認知症患者数も増加すると思われますが、問題となるのが、認知症等に罹患している契約者が受取人変更の手続きを行った場合の受取人変更の有効性です。この点について、参考となる判例を2つご紹介します。
● 大分地裁平成23年10月27日判決※1
  事案を簡単に説明すると、以下のとおりです。
   Xの養母であったBは保険契約に加入(被保険者はB)。なお、保険金受取人は当初A(Bの配偶者、Xの実父)だったが、Aの死亡後、平成20年5月にXに変更された。
   Bは、平成21年7月15日、Xと離縁(養子縁組の解消)し、同月16日、保険金受取人を、XからC(Bの前夫との間の子)に変更した。
   Bは、平成22年1月、死亡したが、Xは、本件変更手続当時、Bは認知症に罹患しており本件変更手続は意思無能力により無効であり、保険金受取人はXであるとして、保険金の支払いを求めて訴えを提起した。
  上記事案において、裁判所は、平成20年7月及び9月の長谷川式スケールの結果がいずれも12点であったこと、平成21年7月8日時点で、医師が、Bはアルツハイマー型認知症であると考えていたこと等の事情から、本件変更手続がなされたころの時点において、Bの意思能力は相当程度低下していたものといえるとしながらも、本件変更手続の約1か月前に行われた長谷川式スケールでは18点ないし24点の結果が出ていたこと(その重症度は「中程度の認知症」から「軽度の認知症」の程度ないし「正常」の程度)、本件変更手続が行われた平成21年7月ころは、当時のBの入院先の病院において、Bの病状につき、概ね意思疎通は正常ないし可能とされていること等から、Bが意思無能力であったことについては相応の疑問が残るものであるとした上で、さらに、Xが、Aの死後、Bが居住していた不動産を廉価でXに売却させ、その代金を支払わないまま平成20年6月にBをその居宅から追い出したこと、その後、Xが、Bに対し、執拗に脅迫や誹謗中傷行為を行い、これによりXは刑事処分を受けたこと、その後、BがXとの離縁届に署名押印し、その翌日に本件変更手続が取られたことから、Bにおいて、保険金受取人をXからCに変更しようと考えるのは合理的である等として、本件変更手続についてBが意思無能力であったとは認められない旨判示しました。
● 東京地裁平成16年7月29日判決※2
  これは、契約者・被保険者Aの保険契約について、平成12年2月7日付けで保険金受取人をX(Aの夫)からXとAとの間の長男C及び長女Dの2人に変更するとの手続きが行われ、また、平成12年9月12日付けで契約者をAからCに、保険金受取人をC及びDからC1人に変更するとの手続きが行われた事案に関するものですが、裁判所は、Aはヤコブ病に罹患しており、Aは、平成12年2月及び9月当時、ヤコブ病の急激な進行による著明な四肢固縮、言語理解不良、痴呆のため、介添えがあっても自署をし、捺印をすることはできなかった、また、Aは、平成11年12月からの入院後、急速に症状が悪化し、医師及び看護士との意思疎通に困難をきたす状態に陥っていたこと等から、平成12年2月及び9月の受取人(契約者)変更請求書は、いずれもAの意思に基づいて真正に成立したものではないと判示しました。
  なお、保険会社はCに保険金を支払っていましたが、裁判所はこれについて、営業職員Fが、保険会社の内規に反して、Aとの面談を怠り、また、Aと面談し意思確認を行った旨の虚偽の報告書を作成したこと等から、保険会社には過失があるとして、Cへの保険金の支払いは債権の準占有者への弁済として有効にはならない旨判示しています。
  前者の判例は、Xが、契約者Bに対し、執拗に脅迫や誹謗中傷行為等を行ったという特殊な事情も考慮された結果だと思われますが、認知症に罹患しているBが行った受取人変更は有効と判断されています。他方、後者の判例は、ヤコブ病の症状の悪化により、契約者Aは意思疎通が困難となっていた等として、受取人変更及び契約者変更は無効と判断されています。
  受取人変更が有効となるか否かは、受取人変更が行われた際の契約者の認知症等の症状の程度が重要になると思われますが、たとえその程度が軽度であったとしても、後に元の受取人等の利害関係人から受取人変更が無効であったと主張される可能性もあるので、慎重な対応が求められるように思います。
※1 LLI/DB:L06650816
※2 LLI/DB:L05933232
  
松谷 美和(まつたに・みわ)
内幸町法律事務所 弁護士
平成18年10月弁護士登録。
登録直後から、生命保険会社の保険金・給付金支払査定に関する法律相談、保険金請求訴訟等に関わってきており、保険判例等に関するセミナー講師も務める。
その他、金融関係や不動産取引等に関する法律相談、破産管財業務、離婚・相続等の一般民事事件等にも携わっている。
  
2015.07.02
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