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機関経営12ヶ月
郷に入れば郷に従え(その1)
生保営業(募集編)
機関長を命ず
  正直なところ、今回の人事異動は平成次郎にとって予想外でショックでもあった。年次からみてそろそろ機関長として現場に出るころとある程度は覚悟していたものの、地方勤務の全くない自分が、東京から遠く離れた東北の地方都市へ異動になるとは考えもしなかった。
  同期の連中は皆それ相応の拠点に任命されているように思え、「どうして・・・」という思いが募る。赴任先の機関は人口約5万人のY市にあり、かつてB生命では業界を制覇していた時期もある名門機関であった。
  しかし、それも今では20年以上も前の話となり、2年前に2つあった機関を統合し、現在は陣容も在籍22名で、効率も悪化の一途をたどっている。
  内示を与えた部長は「立て直しのために君の力量を買った。会社の期待に応えて頑張ってほしい。なに、長くても3、4年の辛抱だよ」と激励とも慰めともつかない言葉をかけてくれたが、額面どおりには受け取れない。まして、金融不安だ、100年に一度の不況だと叫ばれているときに、機関長として初場所を踏まねばならない身の不遇を嘆くばかりである。かといって、そんなに嫌ならキッパリ会社と縁を切れるかというと、そんな度胸も自信も到底ない。
  「社命とあれば致し方ない・・・」
  次郎はなんとかショックから立ち直り、見ず知らぬ土地に思いをはせると同時に、どうやってこれまた東京育ちの妻に転勤の話を切り出すものか、思い惑うのであった。
傷心の赴任第一歩
  4月1日、寒風吹き荒れるY市の駅に降り立った次郎を迎えたのは、機関の現状を象徴するような、浮かない顔をした3名の組織長であった。目の前にたたずんでいる沈んだ表情の彼女たちをあらためて眺めてみると、他も推して知るべしと暗い気持ちにならざるを得ない。案の定、進発会に出席した19名の職員にも、一様に覇気が感じられない。
  当然のことながら、「新任機関長研修会」で学んだはずの「赴任第一声のありかた」などどこかへ消え去り、機関長としてのあいさつは自分でもがっかりするほどしまりのないものとなってしまった。職員たちの反応もしらけムードで、手土産代わりに配ったボールペンセットも「なによ、こんなもの」とばかりに寒々と机の上に乗っている。
  しかし、次郎の心中がどうあれ、いますぐ処理しなければならないことが山積みされているいのも事実である。報告書類や苦情処理、退社防止の説得、特認申請、あいさつ回りなど、どこから手をつければいいのか分からないほどである。事務員やベテラン職員に聞きながら、なんとか一日の仕事を終えたのは深夜に近い時間であった。
  精神的にも肉体的にも疲れ果て、社宅にたどり着くと、まだ荷ほどきもほとんどされていないダンボールの山の中で、疲労困ぱいの顔をした妻がポツンと座っていた。
  「あー、あと何年ここにいなければならないのか・・・」
  平成次郎、着任1日目にしての心境である。
支社長の叱咤
  翌日は早朝から支社で機関長会議である。あいさつもそこそこに始まった会議の冒頭、次郎はじめ4名の新任者の紹介があり、抱負を語る羽目になった。昨日は散々な出来だっただけに、次郎は破れかぶれの気持ちで語り出した。
  「本社で培った経験を生かし、機関経営に全力で取り組みたい。当面、年度末の陣容を30名まで増やし、Y市でのシェア向上を図る。そのためには一人ひとりの組織長、営業職員と納得いくまで語り合い、意志を結集する。この土地と人に惚れ込み、骨を埋める覚悟で・・・」。とうとうと流れた言葉は、不思議なことに昨日までの心境とは全く裏腹なものであった。われながら面はゆく妙だとは思ったが、一度言い出したことをいまさら取り消すわけにもいかない。心なしか、支社長の顔も満足気に見える。それに反し、後の3人の経験機関長のあいさつは、なおざりなものにしか聞こえなかった。
  「鬼の支社長」として全国的にもその名を恐れられている支社長は、噂にたがわぬドスのきいた迫力ある声と仁王のような顔つきで話しだした。
  「新任だからといって、基準未達や言い訳は許されない! 諸君の話を聞いても、預かった機関を立派に経営していくという気概も責任感もさっぱり伝わってこない。もし、自信がないようだったら、いまこの場で即刻、辞めてほしい。むしろ、全くの新任である平成君の信念は立派である。在任者を含め先輩のみんなは少したるんでいるのではないか。平成君のつめのアカでも煎じて飲め!」
  全く思いもかけない展開に、次郎は気も動転、いったい支社長は本気でそう思っているのか、それとも単にみんなの気持ちを引き締めるため祭り上げられたにすぎないのか、判然としかねた。
執筆当時と時代背景が異なっており、一部現在の状況にそぐわない記載等がありますが、機関経営の本質に変わることはありませんので、あえて原文通りとしています。
(つづく)
2009.04.06
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