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機関経営12ヶ月
「消えかけた火種をおこす」(その1)
生保営業(募集編)
ゴールデンウイーク
  目にも鮮やかな新緑の季節が、一足飛びに雪国にも訪れた。4月下旬に満開を迎えた城跡の桜は、平成次郎のように初めてこの地に来た人々をも優しく包み、はかない命を惜しむかのように散っていた。しかし、残念ながら今の次郎にはそんな風情を楽しむ余裕はない。サラリーマンなら休日が待ち遠しく楽しみのはずだが、むしろ休みが増えれば増えるほど不安でいたたまれなくなる。
  5月の実働日数を数えてみると18日しかなく、祝日前後の浮かれた気分でリズムに乗り切れない活動実態を考えると、実際はもっと少なくなるかもしれない。だからといって、休日に「働け!」と職員に命じるわけにもいかず、自分でもゴールデンウイークぐらいはゆっくり休みたいと思っている。結局、不安な気持ちを引きずったまま、何とでもなれとゴールデンウイークを迎えてしまった。
  そんな心境でのある休日、次郎はドライブがてら県内にある「歴史資料館」まで足を延ばしてみることにした。その資料館には江戸時代、当地を治めていた歴代藩主が書き残したといわれる書画や骨董をはじめ、当時使われていた武具や調度品などが展示されている。中でも、10代藩主は名君といわれ、崩壊寸前の藩を建て直した中興の祖として全国的にも有名である。次郎は、何気なく藩主の伝記を買い求め、早速読んでみた。改革への情熱に燃えて藩主の座に就いたものの、現実の厳しさに苦悩する生きざまを描いたその伝記は、次郎の胸を激しく打った。まさに今の自分と共通するものをそこに感じたのである。 ゴールデンウイークも瞬く間に終わり、皆それぞれの思いを胸に職場へと戻った。次郎にとっては、強烈な印象を受けた藩主の話が唯一の収穫だったといえる。
改革への壁
  危惧したとおり、ゴールデンウイーク以降の職員の動きは鈍く、成果もない。結局、採用実績も4,5月登録はゼロで終わり、6月登録もこのままでは見込みが薄い。朝礼でいくら採用の必要性を訴え叫んでみても、「馬の耳に念仏」で、しらじらしくなるばかりである。 次郎は、現状の組織体制では何の前進も得られないと判断した。3人の組織長の昨年1年間の採用実績はわずか1名であり、組織長の任務を全うしているとは到底思えない。所属員から信頼を得ているようにも見えず、交代の必要があると決断したのも無理はない。しかし、代わりに誰を、となるとまた難しい。そこでまず、組織長にふさわしい最低限の条件を洗い出してみた。
  (1) 年齢は45歳くらいまで
  (2) ある程度募集力があること
  (3) 性格が明るく、世話好きなこと
  この3つの条件に該当する職員を洗い出してみると、入社1年少しの田辺さん(42歳)が辛うじて残った。全員を今すぐ入れ替えることは不可能だが、できるだけ早く田辺さんを組織長にしようと、次郎はひそかに決心した。
  生来、次郎は女性を口説くのが苦手である。妻にしても、結婚を焦った彼女の方が積極的に迫り、いつの間にか一緒になっていたという経緯がある。「機関長たるもの、女性の一人や二人口説けないでは一人前になれない」とどこかの先輩から聞いた覚えもあるが、いざとなると舌も満足に動かなくなる。だが、そんな言い訳もしてはいられず、ある日のこと、意を決して田辺さんに語りかけた。
  「今の機関を発展させるためにあなたの力を貸してほしい。私はあなたを信頼しているし、微力ながら全力で応援する」と。だが、それを聞いた田辺さんはびっくりしりして、「とても期待に応えられない」と逃げの一手であった。
息を吹き続ける
  ところで、次郎が読んだ10代藩主の伝記には次のような有名なエピソードが書かれている。
  初めて藩主としてお国入りするとき、福島から板谷の峠を経ることになるが、一転して雲の流れが変わり雪が降り積もった。もとより、大検約令を率先実行しているだけに、行列も乗物もきわめて質素で、駕籠の中には小さな煙草盆が置かれているだけである。しかも、その中の火は今にも消え入りそうに頼りない状態であった。すると藩主は、キセルの雁首を加えて、この火をおこそうとしはじめた。この行為から彼は大きな教訓を得て、後に家来たちにこう語っている。
  「盆の火はまさに消えようとしていたが、静かに一生懸命息を吹き続けると、ついに火勢を取り戻し、赤々と広がったぞ。今、わが藩は貧しく疲弊しているが、精根を傾けて再建に当たるならば、必ず成功する。一見するとどうしようもないほど冷え冷えしていても、暖かい息を吹けば、それに応えてくる人間は必ず出てくるものだ」
  このエピソードは次郎の心に焼きつき、「そうか! わが機関を見渡したところ、私に共鳴し行動を共にしようという人はいそうもない。だが、灰の中を必死にかき混ぜれば、まだ多少の火種ぐらいは残っているかもしれない。その消えかかった火種に懸命に息を吹きかけてみよう!」と思い立ったのだ。たかが伝記とは侮れない。逃げ回る田辺さんをつかまえて、珍しくしつこいくらいに説得を続けた。
  田辺さんにしてみれば、はなはだありがた迷惑である。だが、新任の機関長が一生懸命に自分を口説くさまを見ていると、気の毒になってきて、どうしたら機関長から目をそらせることができるのかを考えざるを得なかった。
執筆当時と時代背景が異なっており、一部現在の状況にそぐわない記載等がありますが、機関経営の本質に変わることはありませんので、あえて原文通りとしています。
(つづく)
2009.05.11
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