> 機関経営12カ月 > vol.3「消えかけた火種をおこす」(その2)
機関経営12ヶ月
「消えかけた火種をおこす」(その2)
生保営業(募集編)
ひょうたんから駒
  5月も中旬を過ぎ、市場や機関の状況が次郎にもようやく分かりかけてきた。3人の組織長は相変わらず協力的な姿勢を見せてくれず、昔の良き時代のことを愚痴まじりに話すだけである。6月登録も結局ゼロとなり、これで赴任後2カ月採用ができなかったことになる。月末に開催される不振機関長会議に呼び出されるかと考えると気も重くなるが、それでも必死に採用活動に走り回った。
  Y機関では、昨年度まで前任の機関長が毎月採用イベントを実施していたが、ここからの採用実績は皆無で、単なる人集めに形骸化していた。このため職員の採用活動や話法も、イベント集客の安易なものに慣れ、それなしではどうしたらいいのか戸惑っているありさまである。仕方なしに今までの見込カードやリストを引っぱり出し、やみくもに訪問をしているが、いたずらに時が過ぎるだけである。
  そんな5月の締切りも近い21日の11時ごろ、突然田辺さんが2人の女性を機関に連れてきた。入社の説明をしてほしいという。次郎は、夢ではないかと思いながらも、とるものもとらず事情を聞くと、2人とも32歳、大学の同級生で、おまけに容姿端麗で家庭的にも恵まれている。これまでY機関では大学卒の職員は在籍したことがなく、2人は相当場違いの感がある。
  すっかり舞い上がった次郎は懸命に保険の必要性や仕事のやりがい、業界事情などを説明した。こんな機関に関心を示すはずがないと半ばあきらめつつ確認すると、なんと2人も来週から勉強会に出席すると答えた。信じられない思いの次郎は、ぼうぜんとするのみであった。
ひとすじの光
  なぜ、田辺さんは採用しようという気になり、またY機関では従来考えられなかったようなタイプの人を連れてくることに成功したのだろうか。実は機関長には打ち明けられないような秘密があった。
  もともと田辺さんは人が良く、誰からも好かれるタイプだが、押しが弱くセールスマンとしては全く目立たない。次郎から口説かれるたびに困惑していたが、それほど困っているのであれば、と友人に声をかけたのがきっかけである。
  その友人の1人に、娘が通っているピアノの大塚先生がいた。近所付き合いもあり、親しくしていた関係で気軽に「1カ月だけ保険の勉強をしてみない?」と誘った。
  彼女は好奇心旺盛で、日頃から現状の生活に物足りなさを感じていたのか「勉強だけならこの機会に保険のことを知るのも悪くない」と、これまた気楽に承諾した。そこへ、たまたま遊びに来た共通の友人である永井さんが、「大塚さんだけでは寂しいだろうから」と慣れるまでの1週間、同行してもいいと言いだしたのである。
  つまり、永井さんは単なる付き添いであり、大塚さん自身も本業があるためその気はさらさらないのであった。
  そんな事情など全く知らずに、次郎は「ここが正念場」と新任以来初めて機関を訪れた2人に大きな期待を寄せた。それは、まさしく消えかけた灰の中をかき混ぜ、息を吹きかけているうちに、赤々と燃え出した火種のごとく彼には思えたのである。
  青葉萌える5月、業績は引き続き最低であったが、先が見えない闇の中からひとすじの光が射してくるのを、次郎はたしかに見たのである。
執筆当時と時代背景が異なっており、一部現在の状況にそぐわない記載等がありますが、機関経営の本質に変わることはありませんので、あえて原文通りとしています。
(つづく)
2009.05.18
ページトップへ