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機関経営12ヶ月
「セールスマンがやめる秋(とき)」(その1)
生保営業(募集編)
好事魔多し
  たかだか1週間の飛び込み実践で成果があったからといって、もちろん次郎はセールスの極意が得られたとは思っていない。機関長という名刺の肩書が多少なりとも影響したのかもしれないし、期間を限定したからこそ、やれたのかもしれない。また、家庭の主婦でもある職員に夜間遅くまで活動させることは困難だし、次郎自身、偶然にも美容師が即決で加入してくれたことがなかったら、意欲も喪失し、あれだけの成果があげられたか疑問でもある。
  いずれにしても、自分自身が文字通り泥まみれの体験をすることにより、セールスの苦労と喜びを実感し、同時にこれからのあり方について自信らしきものを得たのは確かだが、それをストレートに職員に強要することはしなかった。にもかかわらず、組織長たちが自主的に休日を利用して飛び込みをしようと言ってくれたことが、次郎には意外であり嬉しくもあった。
  命令されて嫌々やるのと、率先して自分たちから行うのでは天と地ほどの差がある。8月29日の土曜日からスタートした組織ぐるみの飛び込みは所属員もほぼ全員が参加し、新しい見込客も着実に出はじめ、この分でいけば、いずれ成約もできそうである。
  だが、そんな矢先の9月初めのある日、次郎のもとへ二人の職員が立て続けに「退社したい」と申し出てきた。いずれも入社5、6年目で、機関では中堅だが、かねがね次郎も危ないとマークしていた二人ではある。
なぜセールスマンはやめるのか
  機関経営にとって、採用と育成は永遠の課題といわれる。事実業界全体、ターンオーバーの解消が課題となっている。育成がうまくいかなければ退社となるのは自明の理だが、ならば育成に手間暇かけているかというと、そうでもない。そこは数字の世界、採用したなら後は己の才覚と努力で実績をあげろとばかりに放り出されることが多い。反対に、蝶よ花よとかゆいところに手を差し伸べるように大事にして、肝心のことを教えもせず駄目になってしまうこともある。
  「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」といわれるが、景気低迷の時代では、ことさら「行うは難し」で、契約同様に陣容も会社全体で減少している。
  ともあれ、まるで示し合わせたかのようにしょげている二人の職員に退社をとどまるよう説得しなければならない。が、正直どう対処していいのか、次郎も困惑している。B生命では三半期ごとに職員の業績を判定、級別更改をしており、その結果によって固定給が増減する。
  二人とも9月1日更改で級がダウン、大幅に給与が減ることになったのが辞めたい理由である。もともと高くない給与であった二人が今日まで勤務を続けてきたのが不思議なくらいだが、それなりに仲間の励ましや仕事の魅力もあったのだろう。「もう一度、一からやり直してみよう! 私も全面的に支援するから…。組織長も期待しているし、今まで応援してくれたお客さまにも申し訳ないよ!」とあの手この手で説得しても、今度ばかりは二人の決意は固い。何しろ、給与が10万円を切るようでは、諸経費を考えれば実質的な手取りはほとんど残らず、次郎もあきらめざるを得ない。
  結局、二人とも「廃業届」を出す羽目になった。次郎は自分の無力さを痛感し、せめて会社に対し恨みつらみを持って辞めることのないように祈るのみである。
  家庭的な事情や成績不振、人間関係や仕事上のトラブル、辞めていく理由はさまざまだが、セールスマンの場合は何といっても販売不振が最大の理由であろう。
  これで、次郎が着任してから退社した職員は4人目となったが、まだ在籍している職員の中にも、辞めたいと思っている人が果たして何人いるか、次郎は首を横に振りながら、考えるのをやめにした。

執筆当時と時代背景が異なっており、一部現在の状況にそぐわない記載等がありますが、機関経営の本質に変わることはありませんので、あえて原文通りとしています。
(つづく)
2009.09.14
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