たかだか1週間の飛び込み実践で成果があったからといって、もちろん次郎はセールスの極意が得られたとは思っていない。機関長という名刺の肩書が多少なりとも影響したのかもしれないし、期間を限定したからこそ、やれたのかもしれない。また、家庭の主婦でもある職員に夜間遅くまで活動させることは困難だし、次郎自身、偶然にも美容師が即決で加入してくれたことがなかったら、意欲も喪失し、あれだけの成果があげられたか疑問でもある。
いずれにしても、自分自身が文字通り泥まみれの体験をすることにより、セールスの苦労と喜びを実感し、同時にこれからのあり方について自信らしきものを得たのは確かだが、それをストレートに職員に強要することはしなかった。にもかかわらず、組織長たちが自主的に休日を利用して飛び込みをしようと言ってくれたことが、次郎には意外であり嬉しくもあった。
命令されて嫌々やるのと、率先して自分たちから行うのでは天と地ほどの差がある。8月29日の土曜日からスタートした組織ぐるみの飛び込みは所属員もほぼ全員が参加し、新しい見込客も着実に出はじめ、この分でいけば、いずれ成約もできそうである。
だが、そんな矢先の9月初めのある日、次郎のもとへ二人の職員が立て続けに「退社したい」と申し出てきた。いずれも入社5、6年目で、機関では中堅だが、かねがね次郎も危ないとマークしていた二人ではある。
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