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機関経営12ヶ月
「セールスマンがやめる秋(とき)」(その2)
生保営業(募集編)
心をつかむ営業とは
  Y機関にもいろいろな業種のセールスマンが訪れる。職員を対象に商品の展示即売会やら印鑑、健康食品、野菜売りまでまさに百花繚乱だが、次郎がハラハラするほど職員は結構買うものである。
  どこでどう調べてくるのか、次郎のもとに売り込みの電話がよくかかってくる。大抵は丁重に断っているが、飛び込みできたセールスマンには、営業の苦労が分かるだけに極力会うようにしている。その裏には、どんなセールスをするのか参考にしようという下心もあるが、共通して、ほとんどのセールスマンが最初に断れば二度と訪れることがない。また、一方的に商品説明をするが、相手の話を聞いたり、反応を窺ったりすることもない。
  「5分間だけ」と約束しながら、こちらが打ち切らない限りずっとしゃべり続ける図々しいセールスマンもいる。一度、意地の悪い質問をしたら、答えられず捨てぜりふを吐いて帰ったセールスマンがいたが、怒るよりもあきれ果てたものである。
  中には、二度、三度と訪問されれば検討してもいいなと思うこともあるのに、どうして継続して訪問しないのかと不思議でならない。
  また、なぜ相手の家族構成や趣味、し好など基本的なことを知ろうとしないのかも不可解である。行きずりのセールスや単価の安い商品ならいざ知らず、地元の企業を訪問して、何十万もするような商品を売るにしては、合点がいかない。優秀なセールスマンもいることだろうが、次郎がいままで会ったなかには感心するようなケースはなかった。知識教育も大事だが、基本的なセールスのマナーやエチケット、そして顧客の心を的確につかむための教育の必要性を次郎はつくづく感じた。
コンビ解消
  ようやく退社の問題が片付いたと思ったら、今度は育成層の永井さんが退社したいと申し出て次郎を慌てさせた。永井さんは大塚さんと共に6月に登録し、通信機器メーカーの工場にペアで投入、これからの機関の核として大いに期待していただけにショックも大きい。二人とも一見順調に仕事をしており、まさかの事態に事情をよく聞いてみると、どうも大塚さんとの人間関係がこじれていることに起因しているらしい。どちらかというと、朗らかで気さくで陽気な大塚さんに比べ、永井さんは万事控えめで冗談も言わない。いわば陽と陰のペアでお互いに補完しあう絶妙のコンビかと思えた。長年の親友でもあるそんな二人が、何をきっかけにおかしくなったのだろうか? 「大塚さんにはもうついていけない。仕事を一緒にやっていく自信がなくなった」と涙を流しながら永井さんは訴える。職域開拓を始めてから3カ月が経過し、ようやく先月、共同募集で1件の成果があがり、次郎もこれからと喜んでいた矢先の、意外な成り行きであった。
  問題はその1件の契約にあった。Y工場の係長であるT氏は熱心に訪問してくれる二人に加入する意思表示をしたが、奥さんに反対され、しばらく待ってくれと頭を下げられた。にもかかわらず翌日の夜、大塚さんは永井さんに無断でT氏の自宅を訪問し、奥さんを説得して契約をいただいたという経緯を次郎は初めて永井さんから聞いた。
  永井さんによると、大塚さんはすべてが強引で、しかも自分に黙って訪問したことが我慢できないらしい。だが、大塚さんにしてみればタイミングを逃すといつになるか分からないし、小さな子どもがいる永井さんを気遣ってのことかもしれない。そう話をしても、一度こじれた糸は簡単に元には戻らない。普段、感情を表に出さないだけに、常日ごろからたまりにたまっていたものが爆発したのだろう。恋人同士でも結婚し一緒になれば、お互いのわがままや欠点が鼻についてくる。内心では強烈なライバル意識や葛藤があったのだろうか? またしても大きな問題に直面した次郎だが、今度だけは何としても解決しなければ致命傷になりかねない。
  仕事が嫌で辞めたい、というわけではないので生半可なことでは修復は難しい。もはやペア活動を解消し、それぞれ独立させるしか方法がないのだろうか? それで彼女は退社を思いとどまるだろうか? また、永井さんが承諾しても、大塚さんはどう思うだろうか? さんざん迷った揚げ句、次郎は担当職域を大きく二つに分けそれぞれ別個に開拓することを提案した。紆余曲折はあったが、必死に説得したのが功を奏し、何とか二人とも次郎の提案で妥協してくれた。
  依然として二人は機関の宝でありホープであるという次郎の気持ちに変わりはない。それだけに、今後二人が大きく成長していくためには「雨降って地固まる」で、これをいいきっかけにしなければならない。次郎はいまやっとそのことに想い至り、決意を新たにするのであった。

執筆当時と時代背景が異なっており、一部現在の状況にそぐわない記載等がありますが、機関経営の本質に変わることはありませんので、あえて原文通りとしています。
(つづく)
2009.09.28
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