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機関経営12ヶ月
「日々新たに また日に新たに」(その1)
生保営業(募集編)
小さな落とし穴
  ついこの間まで暑い日が続いたと思っていたのに、気がつけば朝晩はめっきり冷え込む時期となっている。10月も半ばを過ぎれば、山々はすっかり黄金色に装いを新たにすることだろう。
  平成次郎の機関もようやく落ち着きを取り戻し、活動も定着してきたようである。心配していた永井さんも、新しいパソコンを購入し、ホームページを作ろうと張り切っている。何しろ職域が通信機器メーカーの製造工場だけに、相談したりアドバイスを受けられる専門家は大勢いる。近いうちに「保険なんでも相談室」をネット上に開設するめどもたち、そんな話題をきっかけとし、従業員との接触もかなりうまくいっているようだ。
  一方の大塚さんも、手作りの「街づくりホットニュース」を月2回発行、名刺代わりに配っているが、なかなかの評判で、届くのを楽しみにしている人も増えているらしい。
  ペア活動を解消、独自の道を歩み始めた二人だが、それぞれの個性を発揮しながら順調にいっており、次郎もひと安心である。
  相変わらず日常の業務は多忙を極め、支社や本社から毎日送付されてくる書類、伝達事項、情報提供は山のようにある。不要と判断したものは思い切って破棄しないと収拾がつかなくなる。分かっていることだが、仕事に追いまくられ、いつの間にか机は書類の山となり、どこに何があるのか、はた目にはさっぱり分からなくなる。
  そんな機関経営の日々、一見平穏無事、何事もなく過ぎているが、果たしてこのままでいいのかという疑問が次郎の胸中に芽生えてきた。考えてみれば着任以来、悪戦苦闘の連続であった。問題や心配事の発生しなかった日は1日たりともなかった。その都度、全力で問題解決に取り組み、何とか破たんが生じることなく今日まできた。だからこれでいいのかとも思う。少しやすらぎの時間を神様が与えてくれたのだと思わないでもない。
  だが、次郎の性分なのか、可もなし不可もなし的なぬるま湯にじっとしていることが耐えられなくなる。今の次郎は、精彩を欠いた迷える子羊のようであった。やることなすことに気が乗らなくなってきたのである。
座右の銘
  いつも通り朝6時に起床、新聞やテレビを見ながら慌ただしく朝食を済ませ、7時30分には出社する。そしてまた、いつも通り朝礼を行い、組織長や職員とのやりとり、支援や報告、事務処理などで1日があっという間に終わり、午後9時過ぎに帰宅する。これが機関長としての次郎の平均的な1日のパターンである。
  昨日まで夢中で取り組み、新鮮ですらあったことも、急に退屈で面倒になり、自分が機械で踊らされている歯車に思えてくる。機関長という立場は責任が重いが、日常の仕事は同じことの繰り返しが多く、マンネリを感じていた次郎だが、さりとて容易に打開の道が見出せるわけでもない。
  ある日次郎は、7月のクレーム対応の結果、よき理解者となってもらえた倉山社長の会社を訪問した。社長室に通され、しばし雑談の最中、何気なく社長の後ろの壁に掛けてある額を見ると「まことに日に新たに、日々新たに、また日に新たなり」という言葉が読み取れた。何となく引かれた次郎は、その意味を社長に聞いてみた。
  「あぁ、これね。これは古代中国の名君といわれた湯王が、洗顔の盤にこの言葉を刻み、毎日洗顔するたびにそれを見ながら、政治に取り組む覚悟を新たにしたという故事なんだよ。まあ、この年になると私もつい惰性や固定観念に縛られ、判断を誤りやすい。湯王ではないが、自戒の意味も込め、毎朝この言葉を読むんだよ。いわば私の座右の銘だね。読むと不思議と力が湧き、さあ今日も頑張るぞ! という気持ちになる」。
  帰りの道すがら次郎の胸には、社長の声と額の言葉が響き渡り、なんと自分は思い上がっていたんだろうと反省しきりであった。“初心忘るべからず”というが、いつの間にか惰性に流され、慢心という虫が巣くっていたのだろうか。
  “マンネリ”だと! “気分が乗らない”だと! なにを甘えたことを言っているんだ! 毎日顧客に断られている職員はどうなる! 手形の決済で四苦八苦している経営者はどうなる! リストラや倒産で路頭に迷っている人はどんな思いをしているんだ! 自分でこの道を選んだ以上、いまさら引き返すわけにもいかない。「日々新たに、また日に新たに!」がどうやら次郎の座右の銘になったようである。

執筆当時と時代背景が異なっており、一部現在の状況にそぐわない記載等がありますが、機関経営の本質に変わることはありませんので、あえて原文通りとしています。
(つづく)
2009.10.13
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