きっかけは、大塚さんと永井さんを採用した、あの気の弱い田辺さんであった。大募集月のスタート直後に、二軒の家庭から家族ぐるみで5件の契約をいただいたというから、皆がビックリしたのも無理はない。
朝礼で成果の発表をさせたが、口べたで多くを語らない。次郎がじっくりと話を聞くと、次のようなことであった。二軒とも田辺さんの既契約者で、長年訪問し家庭内の状況はある程度知っていたが、逆にそれが災いして強く勧めることもできなかった。だが、次郎の話を聞き、必要性を気付かせ、勧めることが自分の使命と思い直し、思い切って話をしたら「あなたの勧めることなら」と快く加入してくれたという。「今でも夢のようで信じられない」と田辺さんはつぶやく。
「田辺さんが信頼されていたからこそ、人間関係をつくりあげていたからこそなんだよ。だが、柿なら熟すれば自然に落ちるが、保険は待っていても柿のようなわけにはいかない。熟したと思ったらひと揺すりすればいい。そのタイミングを逃がさないことだね」と次郎はねぎらい、励ました。実は田辺さんは、例の休日飛び込みにも熱心に参加し、そこからの見込客からも数日後成果をあげて今月は9件で過去の自己記録を大幅に更新した。
日ごろ四苦八苦している田辺さんが、一躍脚光を浴びた効果は測り知れない。それに刺激されたのか、大塚さん、永井さんが担当職域からまるで競い合うかのように続々と成果をあげだした。そのほとんどが他生保からの切り替えだが、6月から継続して実施してきた後援者会や地道な活動の結果にほかならない。担当職域からの成果だけで、二人合計今月13件とうい結果には、次郎もそれこそ信じがたいものがあった。
「火事場の馬鹿力」というが、人間いざとなると底知れない力を発揮する。それが集団での波及効果となると、個人の数倍の成果となる。集団が意志を持ってひとつの目標に結集できれば、その達成は決して難しくはないだろう。今のY機関がまさにその状態であった。入社したばかりの新人から、普段は文句ばかり言っているベテランまで、いつのまにか熱気に巻き込まれ、気が付けば誰もが夢中になって活動していたのである。
締切りまで5日を残し9割の職員が基準を達成、機関は基準どころか対前年比200%の大記録を樹立したのである。直近の7月と対比しても3倍近い成績で、採用も4名と、次郎にとって二度目の大募集月は成功裏に幕を閉じた。

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