> 機関経営12カ月 > vol.17 「危機管理意識が足りないぜ!」(その1)
機関経営12ヶ月
「危機管理意識が足りないぜ!」(その1)
生保営業(募集編)
足元を見られる
  師も走る12月を迎えた。11月末には初雪も降り、東京育ちの次郎を震えあがらせた。先月大記録を樹立した余韻がまだ機関内には残り、自信を取り戻した職員の表情は活気に満ち溢れている。
  今月は特に早めに仕事のめどを付ける必要があるが、今の調子では大丈夫だろうと次郎も余裕たっぷりである。だが、災難はいつ訪れるか分からない。
  小雪の舞うある日の夕刻、機関に異様な雰囲気を漂わせた二人連れの男性が乗り込んできた。きちんとスーツを着込んではいるが、一人はサングラスに派手なネクタイを締め、もう一人は長く伸ばしたもみあげと口ひげをたくわえ眼光も鋭く「機関長に面会したい」と申し出てきた。対応に出た事務員はすっかりおじけづき、姿を見られてしまった次郎も今さら逃げ隠れできない。恐る恐る用件を聞くと、やおらカバンの中から薄っぺらな冊子を取り出し説明し始めた。要は小さな島の領有権に関し政府の弱腰外交を非難しているような内容だが、これについてどう思うかと尋ねられた。議論が通用する相手ではないと判断した次郎は、「おっしゃる通りです」とおもねるように答えると、相手はすかさず「それならご賛同の印としてこれを購入していただきたい」と次郎の目をねめつけるように言う。
  「しまった!」と思いつつ値段を聞くと、「3万円」と吹っかけてきた。結局、1万円に値切り領収書と引き替えに二人連れは引き上げたが、まんまとしてやられたという思いの反面、わずかな金で解決できるなら…、という安堵の気持ちが強かった。
  しかし、これで済むはずもなく、その後再び訪れた二人連れに執拗にまとわりつかれる羽目になるとは、このときの次郎には想像もできなかった。
不正契約
  悪いときには悪いことが重なるもので、今度は二日後に本社の契約部から「契約取扱状況報告書」の提出を求められた。3カ月前にN営業職員の扱った契約者より、「加入をした覚えがないのに証券が届いた」と本社に苦情の電話が入ったものである。扱者のNさんは入社2年目だが良家の奥さまという風情で感じも良く、実は密かに次郎も期待していた一人である。それだけに何かの間違いではと半信半疑でNさんに尋ねてみた。Nさんもびっくりした表情で「きっと奥さんから本人に話しが十分伝わらなかったと思いますので、これから早速伺い善処します」と答え、機関を飛び出していった。翌日Nさんからの報告によると夫婦げんかの腹いせで本社へ電話したもので、本人も謝ってくれたという。
  それでも気になった次郎は確認を兼ね、契約者宅を訪問し奥さんに面接したが、Nさんの報告と同様な話であったため、その旨報告書に記載し、一段落とホッとした。今回のように契約者からの苦情や生存調査の結果による状況報告、入院・障害給付金の支払いに際してのトラブルなど頭を悩ませるような問題は、これまでも何件かは生じているが、さしたることもなく無事解決している。
  どちらかというと、攻めには強く守りに弱い次郎は、それらのことは事務員任せのことが多い。事務員から最近Nさんの初年度契約の失効が多く、外部からの電話も頻繁にかかってくるという報告もあったが、あまり気にとめるようなこともなかった。
  破たんは突然訪れた。一週間後、Nさんが突然出社しなくなり、家庭からも姿を消してしまったのである。なすすべもなく茫然としていた数日後、ご主人からの連絡を受け、駆け付けると、「いったいどういうことだ!」とご主人は次郎の目の前に保険証券の束を突き付けた。Nさんの机の引き出しから山のような他人名義の証券が見つかり、実家に身をひそめた妻に問い詰めると「会社から強要され、やむにやまれず…」と泣くばかりだという。また、保険料を捻出するため複数の消費者金融から多額の借金もしているようで、督促に困り果てたとご主人もため息まじり。「こんなことになったのもお前のせいだ」と言わんばかりである。
  次郎としてはもちろん、契約を強要したり、むやみにあおるようなことをした覚えはない。それどころか常々、無理はするな、正しい活動とニーズに沿った募集に努めよ、と教育してきたつもりである。言いがかりもはなはだしく、自分の行為を正当化するためのNさんの詭弁に過ぎないが、激怒しているご主人にそれを言えば火に油を注ぐ結果となりかねない。今は驚き、動転し、なえた気持ちのまま引き下がるだけであった。

執筆当時と時代背景が異なっており、一部現在の状況にそぐわない記載等がありますが、機関経営の本質に変わることはありませんので、あえて原文通りとしています。
(つづく)
2009.12.07
ページトップへ