師も走る12月を迎えた。11月末には初雪も降り、東京育ちの次郎を震えあがらせた。先月大記録を樹立した余韻がまだ機関内には残り、自信を取り戻した職員の表情は活気に満ち溢れている。
今月は特に早めに仕事のめどを付ける必要があるが、今の調子では大丈夫だろうと次郎も余裕たっぷりである。だが、災難はいつ訪れるか分からない。
小雪の舞うある日の夕刻、機関に異様な雰囲気を漂わせた二人連れの男性が乗り込んできた。きちんとスーツを着込んではいるが、一人はサングラスに派手なネクタイを締め、もう一人は長く伸ばしたもみあげと口ひげをたくわえ眼光も鋭く「機関長に面会したい」と申し出てきた。対応に出た事務員はすっかりおじけづき、姿を見られてしまった次郎も今さら逃げ隠れできない。恐る恐る用件を聞くと、やおらカバンの中から薄っぺらな冊子を取り出し説明し始めた。要は小さな島の領有権に関し政府の弱腰外交を非難しているような内容だが、これについてどう思うかと尋ねられた。議論が通用する相手ではないと判断した次郎は、「おっしゃる通りです」とおもねるように答えると、相手はすかさず「それならご賛同の印としてこれを購入していただきたい」と次郎の目をねめつけるように言う。
「しまった!」と思いつつ値段を聞くと、「3万円」と吹っかけてきた。結局、1万円に値切り領収書と引き替えに二人連れは引き上げたが、まんまとしてやられたという思いの反面、わずかな金で解決できるなら…、という安堵の気持ちが強かった。
しかし、これで済むはずもなく、その後再び訪れた二人連れに執拗にまとわりつかれる羽目になるとは、このときの次郎には想像もできなかった。
|