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機関経営12ヶ月
「危機管理意識が足りないぜ!」(その2)
生保営業(募集編)
失意と苦悩、そして挫折
  「どうしてこんなことになってしまったのか」。ご主人から託された証券の束を前に次郎は頭を抱えこんでしまった。調べてみると証券は全部で23枚、同じ契約者名で3、4件と加入しているものが多く、つい先日本社に報告した契約者名義のものも3件ある。しかもほとんどの契約は既に失効しており、扱者宅に保管されていたという事実は、これらの契約が名義貸や作成契約であったことを物語っている。
  入社以来2年、Nさんは累計52件の成績だが、その半分近くを占めており、これでは全件洗い出してみる必要がある。いかなる事情にせよ、これでは管理者としての責任を免れることはできない。さりとて隠ぺいし内部処理で済ませてしまうにはあまりに問題が大きい。天国から地獄とはこのことで、先月は全員で勝利の美酒に酔い、意気軒昂、向かうところ敵なしの勢いであったのが、いまは見るかげもない。仕事も手につかず、万策つき果て支社の総務課長に一切の報告をしたのが4日後のことである。
  案の定、課長からは今まで放置した上に報告が遅れたことを叱責され、これからやるべきことを指示された。まず支社から急遽派遣された担当者と一緒に契約者宅を全件訪問し、事実の確認をしたところ、先の23件以外に不適正契約は4件で、計27件であることが判明した。ただし、契約者から金銭を借りたり、公金を費消したような事実はなく、それが次郎にとって唯一の救いと思えた。
  結果、当件はありのまますべてを本社に報告、該当契約の取り消し処分等を行い、職員は退社、また機関長が契約に関与した事実はなかったが、厳重注意のうえ「始末書」の提出という処分で決着を見た。
  この間約1カ月、12月をまるまる棒に振ったことになったわけだが、次郎の受けた傷跡は深かった。それが機関の業績にも影響し、はかばかしくない成績で締切りを迎えた。
  時あたかもクリスマス・イブ。街にはジングルベルが鳴り響き、幸せそうなカップルが腕を組んで歩いている。そんな中、次郎だけが世間から取り残されたかのように街中をさまよい歩いていた。
  
  いかなる機関でも、ありとあらゆるリスクがすきあらば、とばかりに潜んでいる。健康体の人に突然ウイルスが侵入し発症するように、災難としかいいようがない場合もあるが、大抵は不摂生を重ね、必然的に大病に至る。いわば自業自得だが、それと気付かず身の不遇を嘆いたりする。
  ある機関長は朝礼でうっかり差別的な発言をして大問題に発展、左遷を余儀なくされたし、ある機関では週刊誌の記事をコピーし顧客に配布したところ、記事の内容が不適切であったため、監督官庁の処分を受けてしまった。また、金や異性問題でのスキャンダルは数知れず、起こりうるリスクを想定し事前に防ぐ努力と併せて、発生した場合の対処法を身に付けておく必要があるだろう。
  次郎の場合はその点、経験が浅いとはいえ、危機管理に対する認識が甘かった。あまりにその場しのぎで、起こりうる事態に考えが及ばなかった。不当な要求を敢然と拒否しなかったため、足元を見られ、二度、三度の要求にも屈せざるを得なくなったのもそのせいだし、Nさんに明らかに危険な兆候があったにもかかわらず見落としてしまったのも、そのためだといえよう。なぜ、Nさんは借金をしてまで契約を作り、事ここに至るまで機関長は見抜けなかったのか?
  時により、セールスマンは機関長よりある意味でプレッシャーを受けている。それは壁一面に貼られた「成績グラフ」であったり、機関長や上司の何気ない激励や期待であったりする。また、本人が勝ち気な性格や見栄っ張りであれば、プレッシャーが一層加速され、それに耐え切れなくなったとき、安易な方法で解決しようとする。そして、その弱さとほころびを繕おうと必死に隠すため、うっかりすると管理者は見落としてしまいがちだ。
  業容を拡大すべく基準達成に全力を注ぐ。そのこと自体は機関長の当然の職務であるが、それのみに心を奪われ、職員の内面の葛藤、心情に思いを馳せないと、いつか足元をすくわれる。内部管理や危機管理をおろそかにすると、大きなツケを負うことを次郎は学んだことになる。

執筆当時と時代背景が異なっており、一部現在の状況にそぐわない記載等がありますが、機関経営の本質に変わることはありませんので、あえて原文通りとしています。
(つづく)
2009.12.21
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