「どうしてこんなことになってしまったのか」。ご主人から託された証券の束を前に次郎は頭を抱えこんでしまった。調べてみると証券は全部で23枚、同じ契約者名で3、4件と加入しているものが多く、つい先日本社に報告した契約者名義のものも3件ある。しかもほとんどの契約は既に失効しており、扱者宅に保管されていたという事実は、これらの契約が名義貸や作成契約であったことを物語っている。
入社以来2年、Nさんは累計52件の成績だが、その半分近くを占めており、これでは全件洗い出してみる必要がある。いかなる事情にせよ、これでは管理者としての責任を免れることはできない。さりとて隠ぺいし内部処理で済ませてしまうにはあまりに問題が大きい。天国から地獄とはこのことで、先月は全員で勝利の美酒に酔い、意気軒昂、向かうところ敵なしの勢いであったのが、いまは見るかげもない。仕事も手につかず、万策つき果て支社の総務課長に一切の報告をしたのが4日後のことである。
案の定、課長からは今まで放置した上に報告が遅れたことを叱責され、これからやるべきことを指示された。まず支社から急遽派遣された担当者と一緒に契約者宅を全件訪問し、事実の確認をしたところ、先の23件以外に不適正契約は4件で、計27件であることが判明した。ただし、契約者から金銭を借りたり、公金を費消したような事実はなく、それが次郎にとって唯一の救いと思えた。
結果、当件はありのまますべてを本社に報告、該当契約の取り消し処分等を行い、職員は退社、また機関長が契約に関与した事実はなかったが、厳重注意のうえ「始末書」の提出という処分で決着を見た。
この間約1カ月、12月をまるまる棒に振ったことになったわけだが、次郎の受けた傷跡は深かった。それが機関の業績にも影響し、はかばかしくない成績で締切りを迎えた。
時あたかもクリスマス・イブ。街にはジングルベルが鳴り響き、幸せそうなカップルが腕を組んで歩いている。そんな中、次郎だけが世間から取り残されたかのように街中をさまよい歩いていた。
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