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機関経営12ヶ月
「緊急事態発生! 機関長不在!」(その2)
生保営業(募集編)
リーダー不在の機関
  次郎は急性胃かいようでの入院中も、かたときも仕事のことが頭を離れず、10日間という時の経過をひたすら待った。
  一方、機関長が急きょ入院となってしまった事務所では、指示する者もなく混乱するばかりであった。急きょ、支社から若手のスタッフが駆け付けてきたが、あいにくこの時期は他にも2名の機関長が本社集合研修のため不在であったり、支社の諸行事も控えていたりと、毎日の支援は無理であった。当面の課題は、20日に予定されている後援者会の準備と、退社の不安がある2名の新人へのフォローである。
  それを含め、機関におけるさまざまな問題や課題はこれまで次郎が一手に処理してきた。そのよりどころを急に失った組織は下手をすれば空中分解しかねない。組織長や職員たちは、どうしていいのか分からず、ただいたずらに時は過ぎた。
  次郎が入院して4日目の朝礼後のことである。組織長候補の大塚さんが突然、皆に呼びかけた。
  「皆さん、ちょっと私の話を聞いてください。機関長が入院した今、一番大事なことは私たちでこの機関を立派に守っていくことではないでしょうか? 先生の話では余計な心配をさせることが最も病気には悪いとのことです。機関長が出社してきたときに、会社の状況が悪かったらどうなるでしょう? 機関長の一日も早い回復を願うのなら、私たちが結束してこの事態を乗り切っていくべきではないでしょうか? お願いします! 協力してください!」
  最初はあぜんとして聞いていた皆も、熱心に訴える大塚さんの言葉に胸を打たれ、最初は小さな拍手が、そしてついには大きな拍手が沸きおこった。それは11月に爆発的な成果をあげたときの一体感に共通し、再び自分たちの力を思い起こさせた。
  機関長が心労のために倒れた。自分たちのために、昼夜の別なく機関経営に全力を傾け温かく見守ってくれた機関長。その思いがあったからこそ今、何をなすべきか彼女たちは目覚めたのである。そして、またたく間に役割分担とリーダーが決められ、実行に移された。辞めたいと思っていた新人も、それどころではなくなり、いつの間にか後援者会の準備に夢中で取り組んでいた。
機関長の存在価値
  不思議なもので、入院生活も1週間が経過すると環境に順応するのか、室内のにおいや食事の味も気にならなくなる。それどころか、日常の雑事から遮断されたせいか、体中の毒気が抜け落ちたようなリラックスした気分になり、仕事のこともあまり気にならなくなっていた。
  回復は順調で、この分では予定どおり退院できそうだが、もっと入院していてもいいな、と不謹慎な気持ちすら浮かんでくる。同室の患者たちとも次第に打ち解けてきたが、話題はやはり病気に関することが多い。そのうち、次郎が保険会社に勤務していることが知られ、保険についての質問や相談を受けるようになってしまった。
  その結果分かったことだが、ほとんどの患者が入院給付金や手術給付金が極めて少額か、あるいは全然付いていないのである。次郎自身は幸いなことに入院特約付の契約に加入しており、あらためて保険の必要性とありがたみを実感した。これがもっと重い病気やけがで長期入院ともなれば、経済的な負担も大変で、おちおち入院もしていられないことだろう。自分には十分な保障があるという安心感とゆとりがあれば、回復も早いのではないか。
  多くの人は、病気や災害に直面して初めて保険の必要性に気付くものだ。わずか10日ほどの入院であったが、次郎は多くのことを学んだといえよう。そして退院後3日間の自宅療養を終え、会社に復帰したのはちょうど締切日の25日であった。恐らく今月の業績は目も当てられぬ散々なものだろうと次郎は内心、覚悟して出社した。
  次郎を迎えたのは予想に反するものであった。全員が必死で頑張った結果、平常月の記録を大幅に更新したばかりか、採用も大塚さん、永井さんのグループでそれぞれ成功し、4月1日付で正式に組織長昇格のめどがたっていた。成果もさることながら、あの悪夢のような12月を完全に払拭する明るさと自信が機関内に満ちていた。後援者会も、あの倉山社長が率先して盛り上げてくれ、成功裏に終わったという。
  喜びと感動、感謝の気持ちの中で、次郎の胸中は複雑なものであった。「一体、機関長の存在とは何なのだろう? いない方が業績がいいということは、リーダーシップを発揮していなかったのか? 俺は必要とされない人間なのだろうか?」
  これまで、次郎は自分ひとりで何もかもやろうと取り組んできた。業績が悪ければ、誰にも打ち明けず一人で悩み、自分で解決しようとしてきた。それは部下を信頼していないわけでもなく、他人に余計な心配や仕事を押しつけたくないという、次郎自身のやさしさのせいでもある。
  だが、結果的にそんな配慮は部下を信頼していなかったことだと今月の状況が示している。心底から、一人ひとりの部下を思い、その成長を願い努力するなら、人は必ずついてくるものだという事実に次郎はまだ気付いていなかった。

執筆当時と時代背景が異なっており、一部現在の状況にそぐわない記載等がありますが、機関経営の本質に変わることはありませんので、あえて原文通りとしています。
(つづく)
2010.01.25
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