3月26日、年度最後の機関長会議が本社役員出席のもと、異様な緊張感を持って行われた。支社長が臨む最後の会議というばかりでなく、業界が直面している危機が重苦しい雰囲気を室内に醸し出していた。
従来、本社の役員が現場に足を運ぶときは、内実がどうあれ、景気の良い話ばかりをして士気を鼓舞したものだが、今回ばかりは様子が違う。率直に会社の陥っている現況と今後の改革案を提示し協力を要請した。経費の大幅削減、思い切ったリストラ、縮小を軸とした機構改正と暗い話が続く中で、現場第一線には人も金も重点的に投資するという話がせめてもの救いであった。
「君たち機関長の頑張りが会社の浮沈を握っている」という役員の言葉を、果たして何人の機関長が確実に受けとめたのか、疑問である。
だが、続いて立ち上がった支社長最後の言葉は、次郎にとって印象的であった。
「10年前、現在の状況を誰が予想しただろうか? 同様に10年後どうなっているのか、誰が予想できようか? ただ、間違いなく言えるのは、現在の状況が未来永劫続くものではないということである。従って、現在の苦境を目にして諸君は決して絶望したり萎縮したりしてはいけない。
むしろ「地獄は一定」、これが当たり前と思えば、10年後の未来に明るさが見えてくるであろう。いま諸君がやっていることは、その未来へ通じていることを忘れないでほしい。他の何物でもない、自分たちの努力こそが、来たるべく将来を作り上げていくのだ。どうか志を高く持ち、10年後の姿に思いを馳せて仕事に取り組んでほしい…」
支社長の話はまるで次郎の気持ちを察しているかのようであった。そして頭の中には、4月着任以来のさまざまな出来事が走馬灯のように駆けめぐった。喜びや悲しみ、苦悩と挫折、小さな成功と失敗、人と人とのふれあい、今までの人生の何十年分をこの1年間で凝縮して経験した。それが機関長という職務の大変さと、何物にも代えがたい喜びであることを物語っている。そしてそれはまだ、スタートしたばかりなのである。
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