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機関経営12ヶ月
「志高く、思いは遠く」(その2)
生保営業(募集編)
最後の機関長会議
  3月26日、年度最後の機関長会議が本社役員出席のもと、異様な緊張感を持って行われた。支社長が臨む最後の会議というばかりでなく、業界が直面している危機が重苦しい雰囲気を室内に醸し出していた。
  従来、本社の役員が現場に足を運ぶときは、内実がどうあれ、景気の良い話ばかりをして士気を鼓舞したものだが、今回ばかりは様子が違う。率直に会社の陥っている現況と今後の改革案を提示し協力を要請した。経費の大幅削減、思い切ったリストラ、縮小を軸とした機構改正と暗い話が続く中で、現場第一線には人も金も重点的に投資するという話がせめてもの救いであった。
  「君たち機関長の頑張りが会社の浮沈を握っている」という役員の言葉を、果たして何人の機関長が確実に受けとめたのか、疑問である。
  だが、続いて立ち上がった支社長最後の言葉は、次郎にとって印象的であった。
  「10年前、現在の状況を誰が予想しただろうか? 同様に10年後どうなっているのか、誰が予想できようか? ただ、間違いなく言えるのは、現在の状況が未来永劫続くものではないということである。従って、現在の苦境を目にして諸君は決して絶望したり萎縮したりしてはいけない。
  むしろ「地獄は一定」、これが当たり前と思えば、10年後の未来に明るさが見えてくるであろう。いま諸君がやっていることは、その未来へ通じていることを忘れないでほしい。他の何物でもない、自分たちの努力こそが、来たるべく将来を作り上げていくのだ。どうか志を高く持ち、10年後の姿に思いを馳せて仕事に取り組んでほしい…」
  支社長の話はまるで次郎の気持ちを察しているかのようであった。そして頭の中には、4月着任以来のさまざまな出来事が走馬灯のように駆けめぐった。喜びや悲しみ、苦悩と挫折、小さな成功と失敗、人と人とのふれあい、今までの人生の何十年分をこの1年間で凝縮して経験した。それが機関長という職務の大変さと、何物にも代えがたい喜びであることを物語っている。そしてそれはまだ、スタートしたばかりなのである。
去る人、来る人
  いくら八方ふさがりの不景気とはいえ、今年もまた新入社員を迎える時期となり、3月も中旬を過ぎるといよいよフレッシュな姿を会社に見せるようになる。保険の絶好の見込客でもある新入社員の契約獲得は、例年なら事実上ほぼ終了しているはずである。だが、今年は先行きが不安なためか、実際に勤めてからとか、給料をもらってからという断りが多く、今のところ成約率は極めて悪い。同業他社もそうなのか気になるが、これからが勝負といえよう。
  次郎はそうした新入社員を採用した事業所を徹底的に調べあげ、保険の説明会を開催させてもらうべく担当者と交渉した。青年会議所に入会したおかげで、紹介や口利きが得られ意外にも多くの企業から承諾が得られた。ユーモアを交えた説明会は好評で、おまけに企業の担当者も応援してくれたおかげで、その後の契約締結は順調に進んだ。
  契約件数次第では、新たに新規約定の集団設置も可能であり、一石二鳥以上の効果が期待できそうである。だが、一方では永井さんのご主人の会社ように、縮小となったり、連鎖倒産のあおりで青息吐息、新入社員どころかリストラを断行する企業もある。
  機関長としてはそうした企業の実態を見極め、必要に応じ担当職域の見直しもしなければならない。現実問題として新規契約の獲得が困難となった職域は、せめて解約が増えないようアフターサービスに徹することを指示し、新たな職域を付与することにした。
  3月31日、永井さんとの別れの朝を迎えた。この日はちょうど、支社長が出発する日でもあった。見送りのため、駅のホームで永井さんの家族を囲み、次郎は1年前のことを思い出した。
  吹き荒れる寒風の中、見知らぬ土地に着任した心細さと不安な気持ちでいっぱいであった。だが、今日は穏やかで春の息吹を感じる、よく晴れた日である。そのうえ、機関の全職員26名が勢揃いして見送りに来ている。ときにはライバルとして反目しあった大塚さんが、涙を流しながら永井さんと手を握りあっている。
  出会いは別れの始まり。今後何回、こうした光景を次郎は目にすることだろう。

  「同じ会社で働いている限り、きっとまたどこかで会えるときが来るから・・・。そのときには今よりもきっと輝いているから・・・」。次郎は永井さんにそう呼びかけたが、それはまた、自分自身への思いであったのかもしれない。
  大きくうなずき返す永井さんを乗せ、静かに列車は動き出す。去る人、来る人の夢と希望を乗せながら・・・。
(完)
執筆当時と時代背景が異なっており、一部現在の状況にそぐわない記載等がありますが、機関経営の本質に変わることはありませんので、あえて原文通りとしています。
2010.03.23
「機関経営12カ月」は今回をもちまして終了いたします。一年間にわたりご愛読いただき、
ありがとうございました。
皆さまの今後ますますのご活躍を心より願っております。
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