 |
「数字のセンス」

「日経平均株価が、昨年は年初に比べ年末(=今年初めと同じ数値)には10%下落、しかし今年になって年初より10%上昇」。この文を読んだときに一瞬、「ああ、株価は昨年初めと同じくらいまで戻ったのだな」という気がしないだろうか。
具体的な数値で考えてみよう。仮に当初の日経平均株価が10,000円だったとすると、昨年末は10%下がるので、9,000円となる。
10,000円×(100%‐10%)=9,000円
今年になって10%上昇というとき、基準となるのは9,000円なので、10%上昇では9,900円にしかならない。
9,000円×(100+10%)=9,900円
同じように考えていくと、10%下落した場合は1年で11.111…%、20%なら25%、50%下落したときには200%上昇しないと、元の数値には戻らないのである。
「あたり前では?」と言う人もいるかもしれないが、FP業務とは別にかかわっている退職金・企業年金関連の仕事で顧客対応をしていると、数字に強いはずの先方の担当者の方々でさえ、こういう勘違いをするのである。運用の悪化等で年金資産が予定より40%減ってしまっているのに、「株価が2回くらい20%上昇すれば元の水準に戻るでしょ。今年は株価も上がっているし、大丈夫」というように、楽観的に考える人が多いのだ。
実際には、
10億円⇒(40%減)⇒6億円
6億円⇒(@20%増)⇒7.2億円⇒(A20%増)⇒8.64億円⇒(B20%増)⇒10.368億円
と、年間の上昇率が3年連続で20%でないと10億円に戻ることはない。そもそも株価は上昇下落を繰り返すものなので3年連続20%上昇というのは、よほど大きなリスクを抱えた運用をしていない限り、今の運用環境ではあり得ないこと。だから「このまま放っておいて解決する問題ではありませんよ」とアドバイスしても「40%=20%+20%」と思い込んでいる人には、なかなか伝わらない。
ここに挙げた例は企業経営の話だが、個人の家計においても似たような勘違いをする人は少なくないと感じている。
少し飛躍するが、こういう考えにとらわれてしまう人は、おそらく小学校の算数の「食塩水問題」でつまずいた経験があるのではないだろうか。
問1:「10%の食塩水1リットル(=1,000グラム)に含まれる食塩は何グラムか?」
答1:「100グラム」
これは比較的簡単に答えられるだろう。それでは、次の問題はどうだろう。
問2:「1リットル(=1,000グラム)の水に食塩を何グラム入れると10%の食塩水が
できあがるか?」
答2:「約111.11グラム」 x /(1,000 + x )= 0.1
x ≒ 111.11
一瞬、100グラムかな? と思ってしまった人もいるのではないだろうか。
教科書の例題では、もっと単純な数字が導かれる設定になっているはずだが、小学生あるいは中学生の初めころに学ぶ分野である。年代によっては方程式を使わないで解いている。わが娘はこの概念がなかなか理解できず、さまざまな図を用いて説明してやっと理解させたが、発想の転換の大切さを感じた、いい経験であった。
算数や数学嫌いの子どもだけでなく、大人でさえ「算数や数学は大人になってから役に立たない」と主張する人がいるが、少なくとも義務教育期間で学ぶ分野は、将来生活して行く上で必要な「数字に対するセンス」を磨くのに役立つと思う。単に数字を分析できるかどうかということではなく、同じ数字を違う見方でとらえる、つまり視野の広さを培うことになるからだ。
前述の例でいうと、○○%という数値の基準(分母)となる数字を誤って認識してしまっていることに問題がある。小学生や中学生の学びでは、こういった気付きの感覚を鍛えることが重要といえるだろう。自分に数字のセンスがない、と感じたら、算数の教科書を学び直すといいかもしれない。

 |
2009.09.07
|
 |
執筆者:山田 静江 (やまだ しずえ)
|
[経歴・バックグラウンド]
ファイナンシャル・プランナー/CFP(R)
早稲田大学商学部卒業後、東海銀行(現:三菱東京UFJ銀行)に勤務。 その後、会計事務所やFP事務所勤務を経て、2001年にファイナンシャル・プランナーとして独立。
現在は、ライフプラン・リタイアメントプラン、家計管理、年金・社会保険、生命保険などに関する執筆や監修、セミナー講師、個人相談を行っている。
最近の監修本に「家計一年生」(主婦の友社)、「実家のお墓、自分のお墓 これから『お墓』どうしよう !?」(オレンジページ社) がある。
|
|
 |
|