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厚生労働省が医療制度改革の試案を発表
〜高齢者から「医療」を奪う予兆となるのか〜
●  国民生活に直結する重要課題
  10月19日、厚生労働省は2006年度からの段階的実施をにらんだ医療制度改革の試案を発表した。経済財政諮問会議が、経済指標を取り入れた医療費の総額管理などを強く要求する中で、その矛先を向けられた厚生労働省がどのような改革案を提示するか。与党の厚労族議員や医師会が注目する中での公表となった。
  事前の一部報道では、諮問会議が求めていた「保険免責制度」も盛り込まれるという予想もあったが、与党などから「国民皆保険制度の崩壊につながる」として強硬な反対が相次ぎ、結果として「諮問会議が求める水準まで医療費を抑制する場合の選択肢」という形で別案掲載をほどこしている。
●  医療費抑制対策は高齢者の負担増
  入院患者の食費・居住費を自己負担とする点については、試案において「70歳以上で療養病床に入院している患者」を対象とし、2006年10月から実施するとしている(2008年には65歳以上まで対象を拡大することも明示)。この点については、すでに介護保険施設における居住費・食費が今年10月から自己負担となっており、介護保険制度との整合性を図るうえでも避けられない見通しとなったためだ。その一方で、居住費・食費の自己負担を全入院患者にまで拡大するか否かについては、やはり「諮問会議が求める選択肢」として別項扱いになっている。
  いずれにしても、論点として明示したということは、諮問会議からの圧力を無視できない厚生労働省の苦しい立場を示したものである。郵政改革法案が政府側の強権によって与党の反対論を制した状況を見れば、医師会などの強硬な反対にかかわらず、諮問会議側の提案がそのまま通ることも十分に考えられる。
●  高齢者の社会性を剥奪する可能性も
  ところで、最近、介護保険を利用する在宅高齢者に直接インタビューするという機会を何回かもった。そこで感じたことは、意外に多くの高齢者が、「通院」を生活行為の中心に置いているという点だ。特に閉じこもり傾向のある高齢者の場合、普段外出は嫌がっていても、通院という機会があるとその帰りに買物をしたり、外出を楽しんだりする。つまり、通院という行為が、社会性を取り戻す大きなきっかけになっているのである。
  仮に高齢患者の自己負担が今以上に増え、加えて免責制度が導入された場合、それは適正化という名目以上に一部高齢者の社会性を奪い、生活の質の低下が要介護状態の悪化などの弊害を生みかねないことも想定される。
  もちろん、「介護保険におけるデイサービスの利用拡大を広げればいい」という意見はある。だが、高齢者が長い間培ってきた生活習慣は、おいそれと変えられるものではない。事実、「デイサービスのように多人数の見知らぬ人がいる所には行きたくない」と利用を拒否するケースは意外に多いのだ。
  例えば、通院という選択肢を縮小するのであれば、診療所併設の小規模デイ施設を設け、外来時間外に医師がそこにちょっと足を運んで利用者に声を掛けたり、簡単な診察を試みる。それだけでも、高齢者のデイサービスの利用動機は拡大するはずだ。
●  患者のクオリティ・オブ・ライフ
  今回の医療改革でも触れられている「介護と医療の連携」というと、患者情報をどう共有するか、報酬配分をどうするかというシステムの話ばかりが先に立つ。もっと重要なのは、患者心理をどう汲み取って、使いやすい制度にしていくかという点ではないか。
  現場の視点に立ったとき、「患者のメンタル要素や生活の質にもっと目を向けることこそ、実は医療費抑制にとって近道になりえる」というエビデンス(科学的根拠)が求められている。
保険免責制度
外来診療でかかった医療費のうち、受診1回ごとに一定額までを自己負担とする制度。これにより、軽い病気で通院した場合については医療費が全額自己負担となるケースも想定される。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2005.10.24
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