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「高齢者虐待防止・介護者支援法」が成立
〜発見者の通告義務と市町村の権限強化〜
●  表面化し始めた高齢者への虐待
  先の解散総選挙によって、審議途中だったいくつかの重要法案が廃案となった。高齢者に対する虐待を未然に防ぐことを目的とした「高齢者虐待防止・介護者支援法」もその一つ。しかし、この法案は今国会に再び提出され、11月1日参議院本会議を通過して成立した。来年4月、改正介護保険法と同時に施行される。
  同法は、自民・公明そして民主の与野党が約1年半協議を続ける中で生まれてきた議員立法である。与野党がこれだけの期間、膝をつき合わせて一つの法案を練り上げるというケースは珍しい。それだけ、高齢者虐待の防止が切迫した課題であることを物語る。
  介護保険法の施行によって、社会の目が高齢者介護に向くようになり、今まで隠されていた高齢者虐待の実態が外に出てくるようになった。その深刻さは予想以上であり、年間数100人単位の要介護高齢者が、家族介護者や施設職員からの虐待で死に至っているという推定データもある。また、最近では、高齢者の年金を親族が詐取するという「経済的虐待」なども大きな問題となっている。
●  虐待防止のカギは介護者側の身体的・精神的負担の軽減
  虐待を防ぐ法律としては、児童虐待防止法やDV防止法などがすでに施行されているが、高齢者虐待を対象とした法律は未整備だった。高齢者が要介護状態になった場合、極めて密室性が高い環境に置かれることを考えると、むしろほかの虐待防止法に先駆けて施行されるくらいの必要性があったと思われる。
  今回の法律は、高齢者虐待の定義を明示しただけでなく、虐待に気づいた人に市町村への通告義務を課した点が注目される。加えて大きなポイントとして上げられるのは、虐待によって「高齢者の生命または身体に重大な危険が生じている」場合に、市町村にしかるべき措置がとれる強い権限を持たせたことだ。
  まず、虐待が行われている世帯への立ち入り調査を行い、場合によっては警察の援助を仰げるという権限(家族側が立ち入り調査を拒否した場合は、30万円以下の罰金が課せられる)。さらに、虐待を受けている高齢者を一時的に施設などへ保護する権限も与えられている。すでにいくつかの自治体では、高齢者虐待防止を目的とした条例を独自に整えて市町村の活動内容を明記しているが、これを国の法律がバックアップすることになる。
  ただ、課題も少なくない。家族介護者による虐待の場合、その多くは悪意からというより、介護のストレスから発作的に手を出してしまうというケースである。つまり、介護者側の身体的・精神的負担をどう軽減するかという点が、高齢者の虐待防止には大きなカギとなってくるのだ。実はこの点に不安がある。
●  課題はあるものの、大きな第一歩に
  今回の法律では、市町村に対して、介護者の負担軽減のための相談窓口などを設けたり、緊急のレスパイトサービスを用意するなどを義務づけている。だが、詳細については市町村任せという印象が強い。国が主導する機関の設置など、国がやるべきことをもっと具体化する必要があったのではないか。
  とはいえ、高齢者虐待防止へ向けて第一歩が踏み出されたことに変わりはない。法律ができたこと自体が、この問題に国民の目を向けさせ、虐待を防ぐ力とする効果もあるだろう。この法律は3年ごとに見直されることも明示されており、現場の状況と照らし合わせながら、育て上げていくことが求められる。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2005.11.07
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