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介護現場に登場した「ホームシェアリング」
〜脱施設をにらんだ新施策が目指すもの〜
●  全国で試行事業を開始
  介護報酬および診療報酬の改定に関して、激しい議論が巻き起こる中、国としては施設・病院と在宅との境目をできる限りなくす方向を規定路線とすべく、さまざまな試行事業を展開しようとしている。その一つが、特別養護老人ホームにおける「ホームシェアリング」(計画的な定期利用)である。
  どういうシステムかというと、特別養護老人ホームにおける1つのベッドを複数の利用者でシェアしあうというものだ。具体的には、あらかじめシェアの対象となる利用者が、それぞれベッドを利用する期間を決め、その期間のみ交代で入所するという仕組みである。
  例えば、Aさんという利用者が2カ月入所した後、Bさんという利用者が交代で2カ月利用する。その後、再びAさんが2カ月、次いでBさんが2カ月……という具合にローテーションを組んでいくことになる。
  現在、全国で数箇所の特別養護老人ホームが試行事業を行っている。ベースは介護保険の短期入所によって報酬を得ながら、短期入所の期間をオーバーした分は、国庫補助金で賄うというものである。
●  施設・在宅での生活習慣を比較
  先だって北海道のとある特別養護老人ホームを訪ね、実際にこの「ホームシェアリング」を一部試行している現場を視察した。
  1つのベッドを対象として、利用者は2人。それぞれに一人ずつ専属のスタッフが担当している。彼らが各シェアリング対象者の生活プランを作成するわけだが、2人の口から出てきたのは、「どんなプランを作成するにしても、常に在宅ではどうだったか(家ではどんな具合に食事をしているのか、どんな状態で入浴をしているのか、など)を意識するようになった」という言葉だった。
  もちろん、ショートステイの場合でも定期的に利用する、いわゆる"常連"がいる。だが、期間が短いためにかえって「預かるだけ」という意識に陥りがちで、利用者が在宅でどんな生活をしていたかに思いが及ばない傾向が強い(実は、これ自体が問題なのだが)。
  一方、ホームシェアでは相応の期間施設にいるゆえに、施設内における一定の生活習慣が自然と身に付いてくる。だが、数カ月後には「家に戻る」ことが分かっているために、施設の中だけの生活習慣に浸らせるわけにはいかず、施設側の職員が「在宅に戻っても生活習慣が継続していけるか」を自然に考えるようになるというわけだ。
●  職員の意識改革を誘発
  ここまで述べればお気づきと思うが、実はこのシステムは、施設側の職員の意識改革を促すという"影のテーマ"が含まれているのである。介護施設の職員というと、低賃金・重労働の中でともすると目先の介護に追われ、「その人が在宅に戻ったとき」のことまで想像を巡らすことは極めて難しい。この停滞しがちな意識をホームシェアリングという仕組みで打開しようというわけだ。
  「施設から在宅へ」をうたう厚生労働省としては、ただ利用者を「出し入れ」するという状況になった場合、施設側のフォローがまったく期待できない状況を前に、本人や家族に対して多大な負担を強いることに極めて強い危機感を感じ始めたのかも知れない。
  もちろん、そうした危機感を感じる以前に、「安心して在宅生活ができるサービス基盤を整えることができるか否か」という論点が横たわっていることはいうまでもない。今度の介護報酬の提示で、この点がしっかり保障されなければ、ホームシェアリングもまた苦し紛れの付け焼刃で終わってしまうだろう(ちなみに、1月26日に提示された介護報酬案では、このホームシェアリングについて、「在宅・入所相互利用加算」という項目が新設された。加算額は1日1人あたり300円である)。
  視察先で「(ホームシェアリングで)意識が変わった」と目を輝かす職員を前にしつつも、「果たしてこの新施策は有効なのか否か」という答えは未だ見えていない。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2006.01.30
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