>  今週のトピックス >  No.1210
議論なしでの法人税公示制度廃止に疑問の声
●  2006年度税制改正に盛り込まれた公示制度の廃止
  所得税の公示制度、いわゆる長者番付が2006年度税制改正でいよいよ廃止される公算が強くなった。1950年に第三者によるチェックという脱税けん制効果を狙い導入されたものだが、近年はプライバシー侵害などの問題から廃止・見直しを求める声が根強かった。だが、所得税や相続税とともに法人税の公示制度が廃止されることには、国税関係者を中心に疑問の声が上がっている。
  所得税の公示制度は、税額1,000万円以上の納税者の氏名・住所・所得税額を各税務署で毎年5月に掲示するもので、2004年分の公示対象者は約7万5,000人だった。所得税以外に、法人税では年間所得金額4,000万円超の企業が、また、相続税では課税価格2億円超、遺産総額5億円超、贈与税では課税価格4,000万円超の納税者が公示される。政府税制調査会の2006年度税制改正に向けた議論では、これらの公示制度を一括して廃止する方向で意見が一致したといわれ、来年度税制改正法案に盛り込まれた。
●  廃止の決め手は個人情報保護法の施行
  公示制度を廃止する理由について、政府税制調査会は、所期の目的外に利用されている面があることや犯罪、いやがらせの誘発原因となっているなど、種々の指摘に加えて、個人情報保護の施行を契機に、国の行政機関が保有する情報について一層適正な取り扱いが求められていることなどの諸事情を踏まえれば、廃止すべきだと提言している。
  確かに、所得税や相続税の公示制度は弊害が多い。高額納税者名簿は市販されているからだれでも入手可能である。そのため、長者番付に載ったことによって、団体・企業からの寄付の強要や営業攻勢、勧誘にさらされるなどの指摘がある。また、長者番付の"お金持ちリスト"は格好な「誘拐候補者名簿」となって、窃盗・誘拐などの犯罪に巻き込まれるおそれもある。"オレオレ詐欺"が席巻する昨今である。
  このような理由から、所得税の公示制度はかなり前から毎年度の税制改正の都度、廃止を含めた制度の見直しが議論の俎上になってきた。廃止を決めた最大の契機は2005年4月の個人情報保護法の施行であろう。プライバシー保護の国民意識の高まりが政府に廃止を決断させたといえる。
●  デメリットが多い法人税公示制度の廃止
  一方、法人税の公示制度については、これまでさして議論があったわけではない。いわば、所得税や相続税の廃止とともにドサクサ紛れに仲間入りした感が強い。全国115万社が加盟する全国法人会総連合は、寄附金要請などの弊害を挙げて廃止を求めてきた経緯はあるが、法人の所得は個人情報とはいえず廃止の理由が明確ではない。
  逆に廃止することのデメリットのほうが問題だとの声が強い。ある国税関係者は「廃止によって企業の法人税所得逃れを助長するおそれがある」と危惧する。これまで、税務調査の現場では、公示された納税額を見た社員や取引先などからの情報提供が脱税摘発のきっかけとなったことも少なくないからだ。
  また、近年の企業情報の開示を求める流れにも逆行する。信用情報調査会社が企業リポートを作成する際、納税額は企業の健全度を測る大きな要素となるが、こうした情報を得ることも難しくなる。
  ともあれ、いったん法案に盛り込まれたものは、よほどのことがない限り、成立することは間違いがない。公共性のない個人情報を廃止することに反対する必要はないが、理由が分からない法人税の公示制度が廃止されることは"愚行"であろう。このごろ、国民経済や生活に大きな影響が及ぶ税制改正に、ほとんど議論なく突然浮上して成立してしまうものが少なくない。小泉内閣は、我々国民を"愚民"としか考えていない証左ではないのか…。
(浅野 宗玄、税金ジャーナリスト、株式会社タックス・コム代表)
2006.03.20
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