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アメリカの「高齢者包括ケア」システム(1)
〜限られた財源で高齢者を支える仕組み〜
●  アメリカ的「地域ケア」支援システム
  今年3月、アメリカ・カリフォルニア州のサンフランシスコ、およびオークランドに渡り、現地の高齢者向け「包括ケア」プログラム(PACE)を視察する機会を持った。
  「包括ケア」といえば、日本の介護保険でも同様の理念が展開されている。地域に存在するサービス資源をマネジメントすることで、「要介護状態になっても、住み慣れた地域の中でその人らしく暮らし続ける」ことを目指したものである。そこには、介護保険の財政悪化を背景とした"脱・施設"という政策意図が色濃く横たわっている。
  アメリカでも、現在の日本とほぼ同じような課題を30年近く抱えてきた。その背景には、60年代の移民法改正によって70年前後に大量のアジア系移民が西海岸に渡り、彼らが一斉に高齢期を迎えたという状況がある。高齢期になれば何らかの疾患にかかるリスクは高くなるが、アメリカの医療保険制度では疾患の種類ごとに入院上限が厳格に定められている。つまり、慢性疾患などを抱え、医療面および生活面で何らかの支援が必要な高齢者でも、どんどん自宅に戻されるわけだ。
  当初、その受け皿と目されたのがナーシングホームという特別養護施設である。よく日本の特別養護老人ホームになぞらえるが、医療と介護を一体的に提供するという意味では、現在存続の危機に立たされている療養型病床群に近いといった方が適切かも知れない。
  しかしながら、このナーシングホームは、日本と同じく高コストから運営が困難という状況に立たされる。そこで、地元のNPOが主体となり、デイ・ヘルス(通所)サービスを中心としながら、ホームケア(訪問)サービス、配食サービスなどを組み合わせ、利用者の在宅生活を支援する仕組みに乗り出した。これが、Program of All-Inclusive Care for the Elderly(PACE)、つまり「高齢者包括ケアシステム」である。
●  厳しい財務リスクから生まれる重篤化防止支援
  このシステムの財源は、連邦政府が運営するメディケア(日本の医療保険にあたる)とメディケイド(低所得者向けの医療扶助。日本の生活保護に比べ、対象となる所得上限が比較的高い)が9割以上を占める。利用者による自己負担は原則として発生しない。いわば「政府からの拠出金」のみで運営されていることになるが、「果たしてそれでやっていけるのか」というのは素朴な疑問として起こりうるだろう。
  ここから先がいかにもアメリカ的である。仮に利用者が重篤化し、例えばナーシングホームに入る状況になったとしても、利用者一人あたりにかかる拠出金は増えない。つまり、コスト増のリスクについては、受け皿となるNPOがすべて背負わなければならないのだ。
  当然、そこでのケアの質に関して「安かろう悪かろう」という事態が懸念される。これに対し、連邦政府自らが現場に対して徹底した監査を行う。例えば、送迎や移送部分をとりあげるなら、利用者を車両にどうやって乗せているか、車両内での車椅子固定の仕方はどうか、などという極めて細かい点までが監査の対象となる。同時に財務の健全性についても、厳しいチェックが行われるという。
  その結果、実践団体であるNPOとしては、継続可能な運営を行うために、「利用者の重篤化を防ぐ」という部分に相当な力を注ぎ込まざるをえない。まさに、日本の介護保険制度に取り入れられようとしている「予防重視型システム」そのものである。
  では、具体的にどうやって重篤化を防ぐのか。次回、現場で視察した重篤化防止のためのマネジメントシステムについて触れることにする。
アメリカのNPO:アメリカ国内には120万近くのNPOがあり、これは日本の10倍以上にのぼる。その算入は医療や教育など社会のあらゆる分野に及んでおり、政府からの資金援助や優遇税制も手厚く、発言力も強い。日本では「ボランティア組織」というイメージがまだまだ強いが、どちらかといえば社会福祉法人や医療法人なみの権限・組織力を有しているといえる。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2006.03.27
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