>  今週のトピックス >  No.1221
アメリカの「高齢者包括ケア」システム(2)
〜予防のカギを握るのは他職種間の連携〜
●  利用者の実態に沿うプログラムの必要性
  前回に引き続き、アメリカ・カリフォルニア州などで展開されている、高齢者のための地域包括ケアプログラム「PACE」について報告したい。すでに述べた通り、受け皿となっているNPO法人がPACEを実践する際、財源の9割以上は連邦政府が運営するメディケアとメディケイドからの一定給付に依存している。つまり、利用者の状態が悪化しても、追加補助は得られないのである。
  そこで重要になるのは、団体として「いかに利用者の状態悪化を防ぐか」という仕組みである。この4月より施行された日本の改正介護保険制度に照らすなら、「予防サービスの提供」が真っ先に思い浮かぶ。
  だが、どんなに優れた予防サービスが用意されていようとも、利用者個々の状態像や生活状況に合わせたマネジメントが不十分であれば、効果は期待できない。このマネジメントに不可欠なポイントが多職種間の意思疎通、例えば「サービス担当者会議(カンファレンス)」にいかに力を注いでいるかという点にある。
●  他職種からの情報を受け入れる風土
  今回の視察では、Center for Elders Independence(CEI)というPACEプログラムの実践団体を訪ね、新規利用者に対するトリートメントプラン(ケアプラン)の作成会議を見学することができた。利用者にかかわるあらゆる職種が参加するという点で、まさに日本のサービス担当者会議に相当する。
  まず驚くのは参加者の数である。総勢16名、しかも全員が異なる職種という。
  例えば、看護師というだけでも、臨床看護師、ホームケア(訪問)看護師、それにナースプラクティショナーという医師と看護師の中間に位置する職種もいる。ケースワークに関連する職種でも、インテークマネジャー(初期アセスメントに特化した職種)、ケアマネジャー、利用者の生活面にかかわるソーシャルワーカー、医療面にかかわるメディカルワーカーという4人が、それぞれの立場から専門情報の収集・提供を行っている。
  これだけの専門職が集えば、時にはそれぞれの職種間で相反するケアの方針がぶつかりあい、収拾がつかなくなるのではという懸念は当然生じる。だが、会議の参加者はお互いの専門領域を侵さないことを前提のルールとし、専門職の立場から「このケアにはこういうリスクがある」という開示は行うが、それ以上の自己主張はせず、全員が合意形成に向けたスタンスを尊重しているという。
  自己主張が強さはアメリカの国民性であるが、それゆえに「会議のルール」についての教育は、特に医療・介護業界においては徹底されている。加えて、こうした会議は全体をコーディネートすることに特化した専門職(スーパーバイザー)も参加している。
  日本でこうした会議を開催すると、職種間のヒエラルキーが会議の動向を左右してしまうケースが多い。そして、その頂点に立っているのが大抵の場合、医師である。だが、このCEIの会議では、医師も一人の情報提供者に過ぎず、他職種の領域には決して踏み込まず、他者からの情報は徹底して尊重する。
  視察の後に広報担当者からこんな話を聞いた。ある利用者に湿疹ができた際、医師は症状だけを見てすぐに抗生物質の投与を行ったという。だが、後日トリートメント会議にかけると、ソーシャルワーカーから「その人は家に犬を飼っている」という情報が寄せられ、ホームケア(訪問)看護師は「その犬のノミに食われた様子がある」と述べた。それを聞いた医師は、「犬のノミが感染しないための予防策」を提示したという。
  たとえ医師であっても他職種からの多角的な情報に謙虚に耳を傾ける。こうした風土が、実はPACEにおける予防の精度を上げている大きな要因なのかも知れない。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2006.04.10
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