>  今週のトピックス >  No.1237
介護従事者を襲う深刻なプレッシャー
〜「ケア・ハラスメントの実態調査」より〜
●  労働力の流動化の裏にひそむ「ケア・ハラスメント」
  介護現場において常々問題になっている点の一つに、労働力の著しい流動化があげられる。介護労働安定センターの調査でも、介護労働者の5人に1人が1年以内に離職しているというデータがある。他業種に比べても格段に高い数字といえるだろう。
  従事者の退職率・転職率が高ければ、現場における技能やノウハウは当然成熟しにくい。結果的に介護事故の増大や、再研修コストなどの人件費増から職員待遇がますます低下するという悪循環を呼ぶ一因になっている。
  なぜ労働力の流動化が著しいのか。一般的には、待遇や社会的地位の低さなどが要因としてあげられるが、実はもっと奥深い問題が横たわっているという指摘もある。それが、「介護従事者が利用者から受ける、さまざまな身体的・心理的な圧力」というものだ。
  介護を受ける利用者といえば「社会的弱者」であり、介護業務を阻害する存在という見方は、一般社会の中でほとんどなされてこなかった。いわゆるタブーに近い話だったのである。このタブーに極めて詳細な調査のメスを入れた報告書を入手することができた。
  タイトルは「ケア・ハラスメントの実態」。介護従事者が利用者から受けるさまざまな身体的・精神的圧力を「ケア・ハラスメント」という言葉で表現し、その実態を従事者へのアンケート調査で明らかにしたものである。
●  性的嫌がらせや身体的・精神的暴力も
  調査を行った八戸大学人間健康学部の講師・篠崎良勝氏は、医療・福祉分野のシンクタンクなどで早くから介護従事者の実態に関してさまざまな調査を手がけてきた。筆者の取材活動にも、大きな影響を与えてきた一人である。
  篠崎氏は、ケア・ハラスメントの具体的内容を、(1)不適正事例(制度外・契約外の行為の強要など)、(2)医療行為の強要、(3)性的嫌がらせ、(4)身体的・精神的暴力、(5)利用者や家族の意識・態度という5項目に分類し、それらの実態や従事者に対してどの程度のストレス等を与えたかを克明に調査している。
  それぞれに「経験あり」の比率を見ると、(1)が79.5%、(2)83.9%(厚労省の通知によって規制緩和された分を除いても64.9%)、(3)が42.3%、(4)が55.9%、(5)について「ケア・ハラスメントと感じた経験」も80.3%に上っている。これらの項目の中で、従来あまり取り上げられることがなく、それでいて深刻な問題をはらむのが、(3)と(4)であろう。
  特に(4)については、身体的・精神的暴力を受けたことによって「転職・退職したくなった」という人が2割に上っている。具体的なケースとしては「殴られた・蹴られた・噛まれた」が34.6%で最も多く、次いで「つねられた・小突かれた」「物を投げつけられた」「介護という仕事に対してバカにした発言をされた」などと続く。中には、少数ではあるものの「首をしめられた」や「包丁やはさみ等の刃物で脅された」など、刑事事件に抵触するような事例も寄せられている。
  (3)については少数ではあるものの、一つひとつの事例を見ると衝撃的な内容が多い。中には性交渉を求められたり、自慰行為の介助を強要するケースも見られる。特に密室内での介護となるホームヘルプサービスにおいて、若い女性ヘルパーなどが被害にあうケースも多い。
●  介護従事者の人権を守る
  問題は、こうしたハラスメントに対して、事業所や施設側の対応が鈍いということだ。例えば、「殴られた・蹴られた・噛まれた」という行為に対し、勤務先や上司に相談した人が74.7%なのに対し、対策をとってくれた例は44.6%にとどまっている。つまり、現場が抱く深刻さと事業所側の対応の間に、かなりの差が見られるのである。
  介護保険の改正により、サービスの利用制限が徐々に強まっている。利用者側としては、「要求したいことは要求しなければ」という強い態度に出るケースはさらに増えてくるだろう。介護従事者の人権を守るという仕組みについて、行政や事業者・施設が本気になって取り組まなければ、介護という仕組みは現場レベルから崩壊していきかねない。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2006.05.22
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