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若年性認知症への理解と個人の尊厳
〜映画「明日の記憶」を鑑賞して〜
●  病気の社会的な認識を広める
  若年性アルツハイマー病をテーマとした映画「明日の記憶」(渡辺謙主演、堤幸彦監督)が話題になっている。50歳の働き盛りにある広告会社勤務のサラリーマンが若年性アルツハイマー病に侵され、仕事や同僚はもちろん、家族や家庭に関する記憶さえも徐々に失っていくというものだ。不安と焦燥に襲われる本人、そして彼を献身的に支えようとする家族や周囲の人々の描写が、この病気のリアルな現実を浮き彫りにしている。
  認知症ケアに関して先進的な研究を進めている東京都老人総合研究所の本間昭氏が医事監修にかかわっていることもあり、まだまだ知られていないこの病気の理解を広めるうえでは、一定の効果を果たしているといえそうだ。
  折しも、2006年4月に改定された介護報酬において、デイサービスにおける若年性認知症ケアへの加算が認められることになった。1日60単位ではあるが、若年性認知症に対する専門的なケアの存在を浸透させるという点では、一定の効果が期待できよう。今回のような映画が公開されることにより、社会的な認識が広がる中で、さらに支援策の拡充化が望まれるところである。
●  自己決定権の尊重が大きなテーマに
  ただ、今回の映画を見ていて、成年後見制度であるとか地域権利擁護事業のような、本人の権利擁護についての具体的な描写にあまり触れていない点にはやや消化不良の感があった。若年性アルツハイマー病の対象者といえば、現役世代として仕事などにも積極的にかかわっているケースが多い。自分の資産や家族を含めた生活設計などをいかに整えていくかに関心が高いという点で、固有の意思決定や権利擁護に関するニーズもかなり高いと思われる。そうしたニーズに対して、いくばくかのヒントをもっと示してほしかった思いがある。
  とはいえ、「本人の意思決定」というテーマに向けて踏み込んだ表現がなかったわけではない。実は、物語の中にこんなシーンが登場する。病気がかなり進んだある日、主人公は妻の友人が紹介した療養所に一人で見学に訪れる。対応した療養所の代表者は、入居するのは彼の妻だと思っていたのだが、本人から「入居するのは自分である」旨を聞かされて驚いた表情を見せるのである。
  病気が一定程度進んだ中で、どこまで独力で施設や療養所の見学に訪れることができるか、という素朴な疑問は残る。だが、このシーンは「たとえ認知症になり、信頼できる代理人(配偶者など)がいたとしても、自分の生き方は自分で決定する」という、「自己決定の尊さ」という強いメッセージを発しているといえる。
  介護現場における認知症ケアが進化を続ける中で、その人固有の意思および自己決定権をどのように尊重し、実現していくかという点がますます大きなテーマとなってきた。その一方で、いまだに認知症というと「何も分からなくなった人」という認識の中で、「その人の生活を管理する」という発想に立ってしまう風潮もある。両者がせめぎ会う中で、個人の尊厳とは何かという問いに、この映画が投じた一石は決して小さくはない。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2006.06.19
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