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オーストラリアの認知症ケア(前編)
〜日本でも取り入れが始まったDT手法〜
  今年9月、オーストラリアへ渡って現地の認知症ケアについて視察する機会を持った。
  この国の認知症ケアでは、約30年前からDT(ダイバージョナル・セラピー)という独特の手法が実践されており、日本の介護現場でも試行的に取り入れる動きが見られる。
●  ダイバージョナル・セラピーとは
  このDTを言葉で定義づけるのはなかなか難しいが、あえてひと言で言えば「主に認知症高齢者を対象に、その人らしい生活上の楽しみを精神的なケアをベースとしながらコーディネートすることにより、要介護者が陥りがちな孤独感や絶望感を幸福感や充実感へと転化していく手法」ということになる。
  認知症ケアにかかわる介護職にとって最も労力を必要とするのは、要介護者の認知能力が低下することにより、本人が精神的な混乱をきたして徘徊などの行動(認知能力の低下を中核的な症状とするなら、それによって派生する行動などを周辺症状という)をとるようなケースである。その人の心に寄り添い、幸福感や充実感を与えることができれば、周辺症状によるリスクは軽減し、現場職員の負担を改善することもできるわけだ。
  日本でも施設ケアやデイサービスなどにおいて、様々な趣味的活動などが行なわれているが、どうしても画一的になったり、現場のケアワーカーの思いつきなどによって行なわれることが多いため、果たしてその人の精神的なケアに寄与しているのかを検証する科学的根拠が弱いというケースが多い。
●  オーストラリアのDT現況
  オーストラリアのDTでは、それを専門的に執り行うダイバージョナル・セラピストという専門職がいて、まず利用者の生活歴や価値観、宗教観などを詳細にアセスメントする。認知症の人の生活歴というと、日本では家族にアセスメントを取る光景が主になりがちだが、DTにおいては家族へのインタビューに加え、本人に対して様々なアクションを起こす中で、潜在化している生活への意向を丹念に掘り起こす作業も行なっている。
  視察したメルボルン郊外のある施設では、そこに利用者が入居する際に、家にあった本人の所持品や思い出の品をできる限り持参させる。それらを本人の目の前で一つ一つ披露することにより、本人の反応を観察する。
  例えば、本人が昔使っていた編み物の道具を差し出すと、それまで落ち着かなかった利用者が静かに編み物を始めるといったケースがある。これにより、本人の生活歴の中で編み物が重要な位置を占めることが把握でき、その人の日課において「編み物」というプログラムを設定することになる。
  ただし、「編み物」だけを個別に取り上げても、それだけでは、その人の充実感や幸福感に結びつくとは限らない。例えば、それを「どのような環境(場所や時間、周囲の香りなど)」で、あるいは「誰と一緒に」行なうかによって本人の状態が変わってくることもある。
  これらの要素を専門的な視点から一つ一つ取り上げ、さらに一定期間ごとの評価と見直し(いわゆるモニタリング)を経て、より精密なプログラムを構築していくわけである。ちなみに、こうしたDTの専門性はオーストラリアの各州が設置している専門の養成機関のもとで、約2年かけて培われるという。
  実は、こうしたDTプログラムの専門性が、連邦政府による高齢者ケア事業の評価制度のあり方などにも、大きな影響を及ぼしてきた。つまり、国をあげての高齢者ケア施策に変革をもたらしてきたのである。
  次回、そのあたりの流れを追ってみることにする。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2006.10.23
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