>  今週のトピックス >  No.1365
さらに増加が懸念される介護殺人・心中事件
〜介護者に対する本格的な支援が必要に〜
●  「介護」の視野を広げる必要性
  年が明けて振り返ると、昨年はことのほか「介護心中」や「要介護高齢者への虐待」といった事件に触れる機会が多かった。
  こうした事件を取材するたびに痛感することは、介護問題は「要介護者本人」だけをとらえて済むことではなく、要介護者とその家族介護者を一組として「要介護者のいる世帯」としてとらえていくことの必要性である。
●  介護問題の深刻さを考える
  現在、個人的に関心を持って傍聴を続けている裁判がある。昨年7月、群馬県前橋市において、脳梗塞で左半身マヒの夫を介護者である妻が絞殺したという事件に関するものだ。犯行後、妻も自殺を図ろうとしたが親族からの電話で思いとどまり、殺人罪で逮捕・起訴されるに至っている。
  個人的にこの事件に関心を持った理由としては、(1)被害者である夫はデイサービスやショートステイなどの介護保険サービスをある程度活用していた、(2)被告である妻は以前ホームヘルパーをしていた経験があり介護についての知識や理解は浅くなかった、(3)夫が脳梗塞を起こしたのは05年8月であり在宅介護の期間は1年に至っていないこと、という3点があげられる。従来、介護殺人・心中というと、「長期にわたって」「サービス資源をほとんど使わず」「介護者側の知識が乏しい」といった特徴があげられがちであったが、今回の事件はこうしたパターンからは外れたケースだったというわけだ。
  あえて犯行に至った動機を探すとするなら、本人にホームヘルパー経験があったがために「完璧な介護」を目指してしまい、それによって自分を追い込んでしまったという推測も成り立つ。弁護側は「夫が自ら"死にたい"と口にした」という旨を語っており、被害者側から申し出た同意殺人の線も否定はできない。
  いずれにしても、サービス資源があるからとか、介護者に相応の知識があるからというだけで救われるものではないというのが、現代の介護問題の深刻さを物語っている。
●  本当の救いとなる介護者支援を願う
  05年に厚生労働省が発表したデータによれば、家族介護者の4人に1人がうつ状態にあり、4人に3人が何らかの健康不安を訴えているという。介護者自身のさらなる高齢化や、将来的な療養病床の削減によって「在宅に戻らざるをえない」重度の要介護者が増える状況が待つ中では、介護者の身体的・精神的な負担感はさらに高まることになる。
  そうした中で、介護者支援のために何ができるかという議論を本格化させることが必要な時期に来ていることは間違いない。昨年の介護保険制度改正と同時に高齢者虐待防止法がスタートしたが、あくまで「虐待が発覚してから」の対応が基本となっており、介護者側が極度の疲労感を感じている状況から何らかの支援を行なうという点では、まだまだ物足りないという感は否めない。
  ある介護事業者では、介護者側の身体的・精神的な疲労感を事前にチェックするための専用シートを活用しているケースもある。こうした取り組みを国レベルで制度として組み立てていくといったことも、今後は大いに求められてくることになるだろう。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2007.01.09
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