>  今週のトピックス >  No.1373
もう一つの「介護予防施策」が危機に直面
〜特定高齢者の人数足らず対象要件緩和へ〜
●  実態が見えない「特定高齢者」
  要支援認定を受けていない高齢者についても、「要介護になるリスクが高い」と判定された人(特定高齢者)に対して介護予防事業を行う──昨年4月に改正された介護保険制度における、介護予防施策の目玉の一つである。要支援・要介護者以外にも介護保険財政を投入しつつ、将来的な給付抑制につなげようとする思い切った施策であるが、これが早くも暗礁に乗り上げつつある。
  そもそもこの事業を行う前提として、特定高齢者をピックアップする作業が必要であるが、当初厚生労働省が提示していた基準では対象者が予想以上に少なくなることが明らかになったからだ。
  厚労省の試算では、65歳以上の高齢者のうち約5%が特定高齢者としてピックアップされるとしていた。ところが、ふたを開けてみると調査回答のあった1529市町村において4万8,549人、つまりわずか0.21%しか特定高齢者として把握できていない実態が明らかになったのだ。当初目標の20分の1にも満たず、極めて厳しい情勢だ。
●  特定高齢者の判定基準
  特定高齢者の把握については、市町村内の関係部局、関係機関との連携によって情報を収集し、要介護認定を受けた際に「非該当」となった人を候補とする。その上で、老人保健事業による基本健康健診などの場を通じて、「介護予防のための包括的な生活機能に関する評価」が行われ、最終的に特定高齢者が把握されるという流れになっている。
  問題なのは、上記の評価に際して使用される、25項目からなる「基本チェックリスト」に関する評価基準だ。このチェックリストは受診者が自己記入するもので、(1)「バスや電車を利用し1人で外出していますか」などという日常生活習慣に関する項目が6つ、(2)「階段を手すりや壁を伝わらずに昇っていますか」などの運動器に関する項目が5つ、(3)体重の減少などを尋ねて栄養状態を把握する項目が2つ、(4)「半年前に比べて固いものが食べにくくなりましたか」などという口腔機能に関する項目が3つ、(5)その他、閉じこもりやうつ傾向などを尋ねる項目から構成されている。
  これらの項目について、(2)の5項目がすべて該当、(3)の2項目がすべて該当、(4)の3項目がすべて該当、うつ傾向を調べる項目以外の20項目のうち12項目以上該当のいずれかのケースが特定高齢者の候補となる。
  だが、これで終わりではない。自己記入されたチェックリストをもとに問診や身体計測、血清アルブミンなどを調べる理学的検査を経て、最終的に健診担当医が総合判定するという流れが待っている。つまり、自己診断と専門家による診断というダブルのふるいがかけられるというわけだ。
●  目先の対応が裏目に出た施策
  特定高齢者に対する介護予防にも介護保険財政が投入される性格上、「給付の公平性」を掲げる厚生労働省としては、多角的な手法をもって慎重を期したつもりだったのだろう。だが、そのことが、目玉事業のはずである介護予防の水際作戦に対して、結果的に腰の引けた状態をつくり出してしまったことになる。
  将来的な財政改善をうたっているにもかかわらず、目先の財政状況を気にして思い切った踏み込みができないという、社会保障施策が繰り返してきたミスがここでも露呈されてしまったわけだ。
  急遽、厚生労働省は、今年4月から該当要件を緩和し、当初目標の5%を何とか確保するという方針を打ち出した。だが、この施策の目標は将来的な要介護者を減らすことにあるはずで、対象者の数合わせではない。このあたりをきちんと見極めないと、結局は実効性に乏しい施策がダラダラと続くことになりかねないだろう。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2007.01.22
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