>  今週のトピックス >  No.1381
介護保険外ニーズの落とし穴
〜有料職業紹介の拡大に新たな対応策を〜
●  ホームヘルパーと家政婦の差が生んだ誤解
  昨年、介護職に就く人材がさまざまな犯罪に絡む事件が続発した。中でも衝撃が大きかったのは、訪問していた「ホームヘルパー」によって利用者が殺害され、キャッシュカードが盗まれたという事件である。すでに犯人は逮捕されているが、裁判前ということと、筆者自らこの事件の取材を進めている途中であり、あえて事件関係者は匿名にしておきたい。
  実は、マスコミによるこの事件の報道には大きな誤りがある。報道では、犯人を「ホームヘルパー」とし、派遣元の事業者の管理責任を問う論調が見られた。
  「ホームヘルパー」というのは介護保険における訪問介護員のことであるが、容疑者はヘルパー2級の資格は持っていたが被害者宅では「ホームヘルパー」ではなく、介護保険外の「身の回りの世話」をする役割だった。いわゆる「家政婦」という存在だ。
  さらに、容疑者は有料職業紹介によって求人者である被害者を紹介されており、雇用主は「紹介した事業者」ではなく求人者にある。つまり、事業者側に労務管理の権限は存在せず、職業安定法によって求職者の個人情報を詮索したり、求職のための登録を拒否したりできない立場にある。簡単な面接はするが、紹介後の働きぶりなどについて管理することはできないというわけだ。
  事件後に事業者側は、登録の更新やそのたびごとの登録者への研修などを行なうとしたが、法律上「研修を受けなければ登録の更新をしない」などということは法律上できない。事業者側の対応は、あくまで「推奨」というレベルにとどまるしかないわけだ。
  となると、事件の本質は、有料職業紹介という仕組みそのものにあるといわざるを得ない。もちろん、家政婦紹介業者など有料職業紹介を生業とする事業者は昔から数多く存在し、求職者と求人者の間でトラブルのリスクが発生するというのは、今に始まった話ではない。だが、状況が変わっているのは、介護保険外ニーズが急速に高まっているという時代背景が濃くなっている点だ。
●  現場のニーズを反映した介護保険・労働法の改正を願う
  06年に改正された介護保険制度において、利用者側にとっての大きな不満の一つに「訪問介護の利用時間が削減された」という点がある。家事などを支援する生活援助について、1時間以上が完全に定額制となったために実質提供時間が減らされるケースが増えたということだ。さらに、要支援者に提供される介護予防サービスにいたっては、週1〜2回という具合に訪問回数まで極端に少なくなる。
  介護保険改正前に厚生労働省が主張したのは、「生活援助が単純な家事代行になっていることによって、利用者の要介護度改善に結びついていない」という点だが、これが制度改正に色濃く反映されたことになる(この主張については、現場から「事実と違う」という声も多数上がっている)。
  その結果、比較的資産に余裕がある世帯では、全額自己負担をいとわずに保険適用外の時間までサービスを利用しようとする。だが、「ここまでは介護保険」「ここからは保険外」という区切りが面倒と感じれば、最初から“介護経験のある家政婦”を雇った方がいいというニーズが高まることも考えられるだろう。
  どんな分野でもマーケットが急速に拡大すれば、そこではさまざまなトラブルが発生する確率も高くなる。そんな中で、事業者側の管理が及ばない状況をそのまま放置していいものだろうか。業界団体をあげての新たなガイドラインの作成はもとより、法律改正まで視野に入れた対策が求められるのではないか。労働法制の議論が激しくなっている中、この点にもぜひスポットを当てて欲しいと願う。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2007.02.05
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