>  今週のトピックス >  No.1421
大手訪問介護事業所の不正発覚問題
〜後手に回った監査と現場の混乱〜
●  “見せしめ”の改善勧告か?
  東京都内の大手訪問介護事業者による介護報酬の過大請求問題が、ここ数日新聞・テレビを賑わしている。改善勧告や文書による指導を受けた事業所は、コムスン、ニチイ学館、ジャパンケアサービスという、いわば訪問系サービスのトップ3。くしくもこの3大事業所に対して一斉に勧告・指導を行なったことは、ある意味"見せしめ"的な要素があるのではないかと勘ぐってしまうところだが、いずれにせよ行政が介護給付適正化に向けていよいよ本腰で取り組み始めたと考えていいだろう。
  今回の問題に関して、都内の中小事業所のいくつかに話を聞いてみた。マスコミが「介護保険の基盤が大きく揺らぐ」などと熱の入った報道を行なっているのとは裏腹に、意外にも現場の反応は冷めている。ある事業所の代表は、「以前から(大手事業者の)ひどい運営実態について聞き及んでいたので、ようやくというか今更というのが正直な感想」だという。
  ちなみに今回の勧告・指導の内容としては、「各事業所に配置すべき訪問介護員やサービス提供責任者(サービスの調整などを行なう責任者)が基準を満たしていない、あるいは不在である(報道によれば名義貸しなどの悪質な事例も見られたという)」、「本来、介護保険の給付対象となっていない行為や、サービス時間の水増しに対する報酬請求が行われていた」などというもの。確かに、過去に事業者指定の取り消し処分が発せられた事例と比べても、特段厳しいとはいいがたい。
●  監査の甘さが招きかねない介護制度の崩壊
  むしろ、今までの監査が甘かったか、大手の場合は事業所の展開数が多いために、実態を掴みきれていなかったという点にこそ問題の本質がありそうだ。
  特に人員不足などの基準違反については、04〜06年あたりに悪質な事例が集中しているというが、これは最初の介護報酬改定によって訪問系サービスの利益率が業界全体で悪化した時期と重なる。訪問系サービスは設備面の初期費用がほとんどかからないため、人件費さえ何とかすれば、事業所数を増やして顧客の囲い込みに走ることで利益率の悪化をカバーすることも比較的容易である。となれば、人員配置を水増しするという不正が多発することは予想しやすく、その段階で監査強化などの手を打つことはできたのではないか。
  こうした問題が発覚すると、真面目にやっている事業所にも疑惑の目が向けられやすい。また、加熱するマスコミ報道の中には、誤解を招きかねない表現(※)もあり、これが現場において「やりにくい」という空気をますます広めてしまいかねず、そうなるとただでさえ不足しがちな従事者の業界離れを招いて介護制度自体の崩壊にもつながりかねない。
ある新聞報道では「薬の服用の手助けなど数分で終わるはずのサービスを『30分間の介護』とするなど(介護報酬を)過大に請求していた」という記事があった。訪問介護における身体介護の報酬は「30分未満」から算定できるが、この表現では「数分の介護」もしくは「薬の服用の手助けそのもの」は報酬算定できないのではないかという誤解を招きやすい。東京都に問い合わせたところ、この記事については「30分未満で算定するところを、30分以上で算定していた」というのが正しい内容であることが確認できた。
●  当事者である国民にも情報公開を
  東京都は12日に一定以上の事業所展開をしている事業者を集め、監査結果概要と今後の検査および指導方針を伝えた。厚生労働省も、今回の問題を受けて全国の都道府県に監査の強化を図る指示を出すという。
  こうした指示や指導というのは、業界や行政内部に対する内輪的なものになってしまいがちだが、高額な保険料を支払っている国民も当事者であることを考えるなら、詳細かつ分かりやすい情報公開を国民に対して行うことが求められる。と同時に、これから始まる次期介護報酬改定にかかる審議会に対し、利用者側代表を一定以上参加させるという仕組みを整えるべきであろう。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2007.04.16
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