>  今週のトピックス >  No.1437
総合的な自殺対策に向けた動きが本格化
〜年間3万人超の自殺者数減少は可能か?〜
●  深刻化する自殺者数問題
  現代日本における深刻な問題の一つに「自殺者数の多さ」が挙げられる。98年に年間自殺者数が8,000人余り急増し、以降05年まで8年連続で年間3万人台の高止まりを見せている。人口10万人あたりの自殺者数については、主要国の中でロシアに次いで2番目に高く、アメリカの2倍にあたるという。
  こうした事態を受け、2000年に策定された「健康日本21」において自殺者数の減少目標が取り上げられたのを皮切りに、国を挙げての自殺対策が本格化してきた。06年10月からは、政府が推進すべき自殺対策の指針を掲げた自殺対策基本法が施行されている。
  同基本法においては、「政府は基本的かつ総合的な自殺対策の大綱を定めなければならない」ことが定められている。この大綱は今年6月に閣議決定される予定だが、そのベースとなるべき具体案を示した報告書が、4月9日、有識者による検討会(自殺総合対策の在り方検討会)によってまとめられた。
●  期待できる仔細な対策指針
  同報告書は、まず自殺対策の全体的な方向性として(1)事前予防、(2)危機対応、(3)事後対策(他の人に与える影響を最小限に抑え、新たな自殺危機の発生を防ぐなど)という3つのステップを掲げている。その上で、年代別(青少年、中高年、高齢者)の推進策や、個人に対する精神保健的な視点による働きかけだけでなく、職域・地域・社会全体における取組みのモデルを提示している。
  特徴的なのは、地域や職場における自殺予防に資する社会資源を細かくピックアップした上で、それらをいかに有効に機能させるべきかという視点が盛り込まれていることだ。
  例えば、地域の臨床医や職場の産業医などをゲートキーパー(自殺予防に対して適切な対応がとれる人材)として育成していくこと。あるいは、家庭内の介護問題に精通するケアマネージャー、失業問題に間近で取り組むハローワーク、多重債務問題の窓口となる消費者センターといった多様な社会資源に対しても、自殺予防のための相談窓口として必要な知識・能力を普及させていく──などといった仔細な対策指針が示されている。
  広範な視野のもと、既存の社会資源を自殺防止へと集中投入しようというビジョンは、この類の報告書としては稀に見る密度の濃さを感じさせる。6月の大綱作成に向けた叩き台としては一定の評価ができるといえよう。
●  医療現場のネットワーク構築も鍵に
  ただ、報告書に掲げられた既存の社会資源がどこまで機能するのかについては、決して楽観はできない。現在、筆者は介護・医療問題から派生する形で、うつ病の当事者に対していくつかの事例を取材している。その中で感じることは、衝動自殺の大きな誘因となるうつ病に関して、早期の対応や治療体制が当事者に行き届きにくいという現実だ。
  例えば、うつ病の場合、その初期段階には精神的な抑うつ感よりも動悸やめまい、だるさといった身体的な異常のみが先に現れることが少なくない。こうした体験者に話を聞くと、決まって「内科や循環器系の病院をいくつも訪ね歩き、なかなか原因が分からない中、最後の最後に精神科や心療内科の門を叩いた」という言葉が出てくる。つまり、別の診療科では「原因が分からない」という診断レベルにとどまっていて、精神科・心療内科へのつなぎ的な役割を果たしていないのだ。
  これは医療現場の縦割り、いわゆるプライマリケア(第一次的な臨床診療。ここを窓口としていかに専門的な診療科へつなぐかということが重視される)に対するノウハウが現場レベルで欠如していることの表れといえる。つまり、個々の社会資源の充実化を図るだけでなく、それぞれが有機的なネットワークをもって情報を伝達していく仕組みにも目を向ける必要性があるということだ。
  こうした点を含め、6月の大綱作成では、より精度の高い対応策の確立を期待したい。
(田中 元、医療・福祉ジャーナリスト)
2007.05.14
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