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高齢者医療をめぐる日米の動きに注目
〜米国のスト問題と日本の新内閣誕生〜
●  米企業の抱える医療負担問題
  ここ1週間ほどの間に、医療費をめぐってアメリカと日本において興味深い対比を考えさせる動きが起きている。
  アメリカでは、米自動車の最大手ゼネラル・モーターズ(GM)と全米自動車労働組合(UAM)の間の労働協約改定に際し、退職者向けの医療費拠出に関して交渉が難航し、9年ぶりのストに突入した。スト自体は2日間で終了したが、全国のGM従業員約7万4,000人が参加するという大規模なものとなり、アメリカにおける企業の医療負担の問題がいかに大きいかを世界に知らしめた。
  アメリカにおける医療制度の実態を描いた映画『シッコ』(監督・マイケル・ムーア)が話題になっているが、国民皆保険制度のないアメリカにおいては、大多数の国民が民間の医療保険や所属する団体・企業からの財政支出などによって医療費を捻出せざるをえない状況にある。かつては、世界に冠たる自動車王国を築いた全米自動車業界大手も、公的保険になりかわって従業員や退職者の医療費を原則負担する仕組みをとってきた。
  ところが、近年の業績低迷にともない、この医療費コストが企業経営を圧迫するとして問題視されるようになる。特にコストを圧迫したのが、退職者の医療費、つまり高年齢層を対象としたものだ。私もアメリカの医療状況を視察したことがあるが、企業側がNPO法人などと連携し、高齢者の疾病予防などに取り組むシステムが印象的だった記憶がある。
  今回のストは、この医療費コストの増大を背景として「UAM運営の基金創設とその基金からの医療費支払い」を企業側が提案したことが発端といわれる。争点になったのは企業側の拠出額をいくらにするかという点だ。当初GM側は350億ドル程度に抑えることを主張していたが、労働側がさらなる拠出を求める中500億ドル程度で妥結したとされる。
  アメリカの場合、高齢者に対してはメディケアという数少ない公的医療制度が設けられているが、薬剤費がほとんどカバーされないなどの不備もあり、今回のUAM基金のような団体が実質的な受け皿となっている。だが、世界的な潮流である人口の高齢化が進む中で、その拠出額をめぐるGMストのような騒動はこれからも増えてくることになるだろう。
●  日本では政府が抱える同問題
  片や原則皆保険の日本においても、高齢者医療にかかる財政支出の増加は近年の社会保障費削減策の大きな根拠となっている。後期高齢者を対象に独立した保険が創設されたほか、高齢者の医療費自己負担を現役世代並にするという政策も次々と打ち出されている。
  だが、ここでも「誰がどれくらい負担をするのか」という議論が社会を大きく揺るがせている。先の参院選の与党惨敗を経て誕生した福田内閣は、「70〜74歳の高齢者窓口負担の引き上げ」を凍結することを打ち出した。新たに高齢者の保険料負担が発生する「後期高齢者の医療保険制度」についても、与党連立政権合意において「凍結について早急に結論を得る」ことが明記されている。
●  世界的問題へ波及か
  アメリカにおいては企業、日本においては政府という具合に“迷走”する主体は異なるものの、ともに高齢者医療の問題が社会を大きく揺るがすうねりになっていることを明確に示した事象である。片やストという形をとり、片や投票行動という形をとって国民は高齢者医療の不安を表に出し始めた。
  別々の国におけるこの同時間的な動きは興味深い。この波がやがて、地球温暖化問題のように国際レベルに広がっていくとすれば、単に内政の問題ではなく国連のような場で各国の連携をとりながら解決する手法も模索されるだろう。
(田中 元 医療・福祉ジャーナリスト)
2007.10.01
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