>  今週のトピックス >  No.1557
政府管掌保険の国庫負担削減の行方
〜社会保障費削減の“切り札”が呼ぶ波紋〜
●  社会保障費抑制
  08年度予算案の編成に向けた動きが、大きな山場を迎えている。中でも国民の耳目を集めているのが、年間2,200億円の圧縮が定められている社会保障費の行方だ。
  社会保障費といえば、言うまでもなく08年に予定されている診療報酬の改定が最大のトピックではあるが、地方における医師不足や勤務医の厳しい就労実態、病院経営の圧迫などが社会問題となる中で、大ナタを振るう気配は薄い。
  与党側は先の参院選大敗を受け、医療関係団体の顔色を見つつ「診療報酬のマイナス改定に反対する」姿勢を早々と打ち出した。歳出減に最も積極的である経済財政諮問会議でも、08年度予算編成の基本方針においては、診療報酬のカット等についてわずかではあるがトーンダウンする諮問書を提出している。
  こうした状況下、2,200億円の社会保障費抑制をまかなう手段として、薬価の引き下げやレセプトのオンライン化、後発医薬品の使用を促進させるなどが掲げられているが、どうにも決定打に不足している。
●  “肩代わり”案とは
  そこで、厚生労働省が打ち出したのは、中小企業向けの政府管掌健康保険への国庫負担金の削減という手段だ。政府管掌保険は、現在約1900万人が加入しており、保険料率は大企業などの健康保険組合より高い。だが、中小企業の社員の平均年収が低いために保険料収入による運営は厳しく、国が年間8,000億円程度の補助を行なっている。この国庫負担分を大企業などの健保組合に肩代わりさせることで、財政支出を抑制するというのだ。
  厚労省が当初に掲げた案によれば、年間で健保組合に1,900億円、公務員が加入する共済組合に1,000億円を拠出させる。この合計金額のうち2,200億円分を国庫負担分にあて、残りの700億円を政府管掌保険の保険料率引き下げに使うというのである。
  健保組合側にしてみれば、「こちらも運営が苦しいことに代わりはないのに、なぜ国の肩代わりをしなければならないのか」と考えるのは自然なことだろう。事実、健保組合連合会はさっそく「到底受入れることはできない」という趣旨の声明を出した。健保組合の保険料を折半する労働者側にしても反応は同じで、連合もやはり抗議する声明を出している。珍しく大企業側の労使が足並みを揃えたわけだ。
  予想されたこととはいえ、その反発の大きさに戸惑ったのだろう。診療報酬のマイナス改定を避けたい与党側も、今回の“肩代わり”案について、健保組合の負担を1,900億円から750億円(共済組合の負担は1,000億円から350億円)へと減額し、08年度限りの暫定的な措置として実施する流れで調整を始めたという。これに対して、健保組合側の姿勢は軟化の兆しを見せているが、いずれにしろ、来年に向けて総選挙に突入するか分からない現状では、精一杯の対応ということになる。
  だが、厚労省側としては年間2,200億円の社会保障費圧縮は向こう5年間の至上命題であり、08年度予算枠での負担減額はともかく、おいそれと「とりあえず1年だけ」という姿勢には傾きづらい。そこで、大義名分としてクローズアップすると思われるのが、保険者機能の強化を名目とした全公的医療保険の一元化というビジョンである。
●  公的医療保険の一元化案
  公的医療保険の一元化については、すでに02年に厚労省が打ち出した「医療保険制度の体系の在り方」に示されている。だが、一元化については健保組合側が自主的・効率的な保険運営を阻害するとして反対し、その後政府側も後向きな答弁に至ったため、議論としてはいったん収縮した形になっていた。
  それが、今回の“肩代わり”案において突然再浮上。確かに将来的に議論すべき課題ではあるだろうが、とってつけたような大義名分は一般国民から見ても不自然に映るだろう。そもそも来年度からスタートする後期高齢者を対象とした新保険制度などは、「別建ての保険制度」が生まれたことになり、一元化のビジョンとはどう見ても合い入れない。
  確かに社会保障費の削減は限界に近づいており、厚労省としても手詰まり感があることは否めない。だが、それゆえに社会保障費のあり方を根本から練り直す時期に来ているともいえる。整合性のつかない大義名分を掲げてしまうことは、かえって国民不安をあおり、合意形成の道をとざすことで将来的な社会保障費の効率化を余計難しくするのではないだろうか。
(田中 元 医療・福祉ジャーナリスト)
2007.12.10
前のページにもどる
ページトップへ