>  今週のトピックス >  No.1641
介護労働者確保に向けた動きが本格化〜与野党合意により次期介護報酬の焦点に〜
●  介護分野における人材確保に向けた法制定の動き
  いわゆる「ねじれ国会」の影響で、様々な法案成立の先送りが懸念されている。一方で、緊急性の高い国民的課題については、与野党が様々な思惑をにらみつつ、何とかすり合わせを試みるという動きも少なくない。
  その一つとして注目されているのが、介護分野における人材確保に向けた法制定の動きである。すでに民主党が「介護人材確保法案」を国会に提出したことは、当トピックスでも取り上げているが、これに与党側が賛同するかどうかが大きな焦点となっていた。
  主に高齢者を対象とした介護現場において、離職率の高さや「募集しても人が集まらない」という人材確保の困難さについては、先の見えない高齢化の中で大きな社会問題となりつつある。加えて、度重なる介護報酬カットによる人件費の抑制やコムスン事件以降の業界イメージの低下が手伝い、「人材確保の困難化から介護崩壊が進む」(国会での参考人質疑より)とまで言われる状況に陥りつつある。
●  野党提出「介護人材確保法」
  そうした中、「介護職1人あたり月2万円の給与アップ」を目玉とした「介護人材確保法」が国会に提出され、4月半ばより衆議院厚生労働委員会での審議がスタートした。野党議員の提出法案ということもあり、与党議員が法案の不備をついた質問で攻勢に立つという一風変わった光景も見受けられた。
  与党側の反論ポイントは3つ。第一に、法案は給与アップの財源を保険料アップではなく国庫負担の増額でまかなうとしているが、「財源が明らかになっていない上、税を使うことで結局は国民負担にはねかえる」というもの。第二に「小児科医不足や看護師不足など、医療・福祉分野において最優先すべき課題は他にある」という点があげられた。
  さらに与党側が最も問題視したのが、以下の三番目のポイントだ。提出された法案によれば、給与アップの原資として「従業員の給与額を一定以上確保している事業所に対して、介護報酬上の加算を行うこと」としている。これに対して与党側議員が、「もともと給与を上げにくい零細事業所は加算をとれないため、大手事業所の給与だけが上がり、人材確保の格差が広がってしまう」との反論を展開した。
  もっとも、法案の不備だけをつくというやり方だけでは国民の理解はなかなか得られない。与党側にしてみれば、年金問題や後期高齢者医療制度への批判を受け続ける中で、「福祉に後ろ向き」というイメージを少しでも緩和しておきたいというのが本音だろう。
  そこで与党側は民主党に対して、法案修正の協議を申し入れた。その趣旨としては、具体的な給与アップ額は記さず、代わりに「09年4月までの間に必要な措置を講ずる」という努力義務を差し挟んだのである。09年4月といえば、改定介護報酬が適用される時期と重なる。要するに、次期介護報酬をめぐる議論において、介護従事者の待遇改善を視野に入れるべしというプレッシャーを厚生労働省にかけた形となる。
●  どれだけ現場の声を吸い上げることができるか
  民主党提出の法案に比べれば明らかに「玉虫色」の決着で、法案成立へ向けて15万人分の署名を集めてきた現場サイドからは、与野党の妥協に失望の声も少なからず上がっている。だが、介護報酬の議論に「現場の待遇改善」という視点が初めて盛り込まれたことは、一定の評価が得られてもいいだろう。
  問題は、これから活発化する社会保障審議会において、どれだけ現場の声を吸い上げることができるかにある。ちなみに、この法案の提出とタイミングを合わせたかのように、厚生労働省の職業安定局において「介護労働者の確保・定着等に関する研究会」がスタートした。縦割りと批判されがちな省庁内において、老人福祉にかかる部署以外の主導でこうした研究会が設けられること自体珍しい。
  「結局、何も動かない」と揶揄されがちな政治・行政の世界だが、介護という大きな国民的課題から覗いてみると、この国の構造が少しずつ変化している様子も見てとれる。
(田中 元 医療・福祉ジャーナリスト)
2008.05.19
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