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タイの人身売買を描いた映画「闇の子供たち」 〜私たちに突きつけられた問題を考える〜
●  フィクションとはいえ、起こりうる問題
  先日、阪本順治監督による「闇の子供たち」という映画を見た。タイの子供たちの人身売買・幼児売買春を取り上げた問題作として、様々な話題を呼んでいる一本である。(8月中旬現在、渋谷シネマライズ他で上映中。その後、全国で順次ロードショー予定)
 はじめに断っておくが、同映画は小説家・梁石日氏の原作を映画化したもので、ストーリー自体はフィクションである。だが、阪本監督自身、「いろいろな資料を当たっているうちに原作に書かれた通り」の写真やインターネットの闇サイトにぶつかり、「フィクションであってほしいとどこかで望んでいた自分は、かなりのショックを受けました」と述懐している(パンフレットのインタビューより)。
 物語は、タイ駐在の日本人新聞記者と、タイの子供たちの人権擁護ボランティアに携わる日本人女性が、タイにおける幼児の人身売買問題と正面から向き合い、その衝撃的な現実に翻弄されるというもの。貧しい家庭から売られマフィアによって監禁された子供たちが、幼児性愛者への売春を強要される。HIV等の病気に感染するやゴミ袋に入れて捨てられ、健康な子供は、臓器移植の闇ルートで「生きたまま」臓器を抜き取られる。
 ここで、フィクションとはいえ、将来的に起こりうるトピックとして挿入されるのが、「心臓病の子供を持つ日本人の親がタイの闇ルートで、タイの子供たちからの臓器移植を受ける」というストーリーである(主人公の新聞記者は、この一件を追う中で、タイにおける人身売買問題に巻き込まれていく)。
●  日本における心臓移植の現状
  周知の通り、日本において脳死後の臓器提供を行なうためには、本人が生前に文書によって意思表示をすることが必要である。だが、15歳未満の子供の場合、遺言の効果が発揮されないため、心臓移植でしか助からない子供たちは、低年齢者の脳死後の心臓提供が可能な欧米諸国に渡って手術を受けるしかない。
 だが、海外に渡ってもドナーが現れるまで待たねばならず、しかも現地の子供たちの中にも手術が必要なケースがあるので、順番待ちとなる。多額の費用が必要なことはもちろん、時間との戦いになるため、すべての患者が助かる確率は決して高くない。
 この日本における現状と、タイにおける闇ルートでの「生きたまま」の臓器摘出が絡んでしまったらどうなるか。あくまで「if」の世界ではあるが、決して起こりえないことではないという問題意識が、映画を見た私たちの中に湧き上がってくる。
 現在、国会では、子供でも脳死後の臓器提供を可能にするための法改正の動きはあるものの、民法上の遺言の原則に着手する必要があるため、法案化までにはまだ多くの紆余曲折を経なければならない。
 ちなみに、平成18年に内閣府が実施した世論調査によれば、「15歳未満からの臓器提供」について、「できるようにすべきだ」という回答が68%におよび、「できないのはやむをえない」の19.5%を大きく上回っている。昨今、心臓病の子供に欧米で手術を受けさせるための募金活動などを目にする機会も増え、世論側の関心が先行しているといえる。
 ともあれ、どんな事象でも世論のニーズと法律的な規制がアンバランスな状態になると、そこには必ず「闇」の力が介在しやすい。さらにその「闇」が生まれる土壌として、貧困や差別といった構造的な問題が根深く存在していることにも目を向けなければならない。
 映画において、マフィア側で子供たちを現場で管理する人物が出てくるが、彼もまた幼児期に「親から売られた子供」の1人という描写がある。彼は、子供たちを「買う」外国人に対して裏では憎悪と侮蔑の表情を見せ、同時に正義感から事件を追う日本人新聞記者に対しても「お前たちも同じだ」と口にしながら銃を向ける。彼の言葉は、映画を見る自分にも向けられているのだという思いが募る。
「闇の子供たち」
http://www.yami-kodomo.jp/
(田中 元 医療・福祉ジャーナリスト)
2008.08.25
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