>  今週のトピックス >  No.1737
介護人材不足解消に向け、基金創設の動き
〜危機感が国民に浸透し始めた証か?〜
●  介護職の賃金アップのための仕組みづくり
  厚生労働省の介護給付分科会による、来年4月の介護報酬改定に向けた議論が続いている。いくつかの論点のうち、特に強調されているのは、「介護労働者不足の解消」を図るために「どのような仕組みの加算を、どの程度つけるか」という点である。
 人手不足解消のための加算については、現場の介護職の低待遇によって離職率が高止まり、求人を出しても人が集まらないという状況分析が背景にある。一方で、事業者ごとに加算をつけても、それが果たして現場の賃金増に反映されるのか。加算をつけた場合に、その分は介護保険料や利用者自己負担の増額につながることになるが、その点について利用者側の納得が得られるのか。そもそも、多少の賃金アップを図っただけで、現場の人手不足が解消されるのか──等々について、慎重な議論を求める声も少なくない。
 そうした議論を横目に、政府・与党は、介護職1人あたり月2万円の賃金アップを図るための報酬増を検討し始めた。現段階で介護給付分科会への提示はなされていないが、一部報道によれば、賃金増にかかる報酬分が介護保険料の引き上げにつながらないよう、1,200億円規模の基金を創設し、そこからの拠出金で賄う仕組みにするという。
●  介護業界の人手不足が国民の不安と直結
  基金の全体像がどのようなものになるのかは不透明だが、いずれにせよ公費からの拠出が中心となるだろう。公費負担比率を増やすとなれば、介護保険財政の仕組みそのものを変えることが必要になるため、特例法などの制定も視野に入ってくる。それ以前に、「介護」を社会保険で担うという考え方そのものも大きく揺らぐ可能性が浮上してくることになる。
 一方で、「職員1人あたり月2万円の賃金アップ」「財源は介護保険料ではなく公費負担で」という施策を聞いて「おや?」と思った人も多いだろう。わずか半年ほど前に、野党・民主党が国会に提出した介護人材確保法案の中身そのままだったからだ。その際、与党側は「事業者への給付が賃金アップにつながるのか不透明」などとして法案採決は行なわず、与野党協議によって、「次回の介護報酬改定において、介護従事者の処遇改善を考慮した報酬を設定する」という抽象的な文言だけにとどめた法律を制定する流れとなった。
 なぜ、ここへきて政府・与党が民主党案丸飲みともとれる施策を検討し始めたのか。総選挙の時期が大幅に延期されそうなことを考慮しても、麻生内閣の定額減税と同様、景気後退をにらんでの国民の支持率取り付けの思惑があるのは間違いない。注目すべきは、業界全体で80万人といわれる介護従事者だけでは「票」に結びつかず、これまでなら政権側の優先課題とはならなかったことだ。その課題が一気に浮上してきたのは、介護業界の人手不足が国民不安と直結し始めたことを、政府・与党側も独自調査などを通じて実感しつつあることの証といえる。
●  社会保障不安を解消する要は、やはり「人」
  確かに、世帯の高齢化に伴って家族介護力が限界に近づきつつあることも背景にあるだろう。それに加えて、介護保険を利用する側の国民が、社会保障不安を解消する要は「やはり人である」という意識を持ち始めたことも大きな要因なのだと感じる。
 事実、全国で開かれている介護業界にまつわる集会やセミナーなどを覗いてみても、ここ1、2年で利用者側の参加が目立ち始めたことが実感できる。また、団塊世代が「主たる介護者」となる機会が増える中で、家族介護者同士がネットワークを組みながら、介護業界のことを真剣に知ろうとする傾向も確実に高まりつつある。やはり、最後の最後で制度を動かすのは、職能団体と一般国民が同じ目線に立って手をつなぐことが欠かせないといえよう。介護保険の再生に向け、ようやく一筋の光が差し始めたことに期待したい。
(田中 元 医療・福祉ジャーナリスト)
2008.11.04
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