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「社会保障国民会議」が最終報告を打ち出す
〜現場感覚とのズレを修正する機会を〜
●  マンパワーの数値化に注目
  2008年1月に福田前内閣の肝いりでスタートした「社会保障国民会議」が、分科会を含めた31回の会議を経て、11月4日、最終報告を打ち出した。後期高齢者医療制度や年金の問題をはじめ、「妊婦たらい回し」事件による救急医療体制を含めた医師不足の懸念などが急速に浮上する中、社会保障に対する期待と不安を背に受けながらの報告となった。
 報告書自体は、少子化や高齢化の進行に対する政策ビジョン、医療・介護サービス提供体制やセーフティーネット機能の見直しなど、日本の社会保障について横断的に述べている。そのため、報告書を一読すると総花的な印象が否めないのだが、テーマ別の将来像を示したシミュレーションと、それに要する国民負担のあり方はかなり突っ込んだものになっており、その点では評価できる内容といえる。
 その一つである「医療・介護費用のシミュレーション」を取り上げてみると、2025年に団塊世代が75歳以上となる時期を想定して、(1)現状投影のままのAシナリオと、(2)改革内容ごとにB1からB3の3つシナリオという4種類のパターンにおいて、必要とされる社会資源と実現のための国民負担を示している。(2)については、医療と介護の役割を横断的に再編成し、特にそのための需要と供給のバランスを前提としたうえで人材投入のあり方を描き出した。これまで、こうしたシミュレーションを描く場合、主にベッド数などのハード面を数値化しただけで終わっていたパターンが多かったが、マンパワー数値を大胆に組み込んだ点は注目される。
●  問題となる現場感覚との相違
  一例としては、現行の急性期医療を「急性期」と「亜急性期と回復期等」へと再編成する中で、Aシナリオにおける急性期の平均在院日数15.5日に対し、B1シナリオでは12日、B2シナリオでは10日、B3シナリオでは高度急性期と切り離したうえで9日という効率化・重点化の数字を打ち出した。その一方で、急性期医療のマンパワーについては、Aシナリオと比較した場合に、B1で58%増、B2で100%増、B3の一般急性で80%増(高度急性で110%増)という投入を目指している。つまり、効率化とそこに必要とされるマンパワーのバランスを数値化したわけだ。
 こうしたシナリオにより、追加的な財源をすべて公費で賄った場合に、2015年までに消費税は1%強のアップ、2025年までには4%弱のアップが必要になるとしている(なお、社会保障全体の強化に必要な追加財源を加味した場合には、2015年までに3.3〜3.5%、2025年までに6%程度の消費税引き上げが必要としている)。昨今、麻生総理大臣が近い将来の消費税アップを明言したが、こうしたシミュレーションによる論拠が明確になったうえでの自信を持った発言だったと思われる。
 問題なのは、このシミュレーション自体が現場の感覚に沿ったものになっているかという点にある。シナリオB類については、仮に急性期医療の在院日数を短縮した場合、病院側の集中的なケアと在宅医療・介護の充実をセット化する中で受け皿を描き出そうとしている。例えば、介護保険施設となる老人保健施設や特別養護老人ホームなどは、「在宅が困難な人」の受け皿という位置づけが明確で、まずは在宅復帰ありきという流れが優先されたうえでの“在宅の代替”的な印象が強い。
●  今後の議論への仕組みづくりを
  最近、地方都市にある老人保健施設を視察したのだが、そこでは療養病床の削減といった政策に合わせて、気管切開の患者やネブライザーによる痰の吸引が必要な利用者が急速になだれこんでいるという。この老人保健施設は、病院併設であるためにいざというときの対応が可能な環境にあるのだが、そうであっても介護保険対応には変わりない。
 現場で夜勤経験のある看護師などは、「高齢によって心肥大の人も多く、夜間に急変するリスクを抱えている人ばかりなので緊張が解けない」という。つまり、急性期を脱した患者はそのまま永続的に慢性期となるわけではなく、常に急性期に陥るリスクを抱えていることになる。在宅で急性期の患者を家に戻した家族も、同じ感想を口にするだろう。
 つまり、急性期医療の再編成は、そのまま回復期や慢性期の医療にも一定のしわ寄せが来ることが想定される。そのあたりをさらに掘り下げたうえで、在宅医療体制を見積もらなければ、今回の最終報告もたちまち「絵に描いた餅」になる。社会保障国民会議をこれで打ち止めとするのではなく、この結果を現場レベルの議論に結びつける仕組みが欲しい。
(田中 元 医療・福祉ジャーナリスト)
2008.11.17
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