>  今週のトピックス >  No.1761
映画「いのちの作法」を観て
〜現代の福祉に足りないものを読み取る〜
●  50年以上前に老人医療費無料化、乳児死亡率ゼロ
  先だって、都内のミニシアターで「いのちの作法〜沢内『生命行政』を継ぐ者たち」(監督・小池征人)というドキュメンタリー映画を観た。50年以上前に、全国で初めて老人医療費の無料化を実現し、当時としては奇跡とも言われた乳児死亡率ゼロを達成した岩手県西和賀町(旧・沢内村)を舞台とした作品である。生命尊重を第一に掲げた町の伝統を、現在町内で生活する人々がどのように受け継いでいるかを克明に記している。
  この作品は、日本映画学校を卒業した北上市出身の若者がプロデュースしたもので、宣伝資力もほとんどないことから、東北を中心とした公民館等で細々と自主上映が続けられてきた。やがて、映画を観た人の口コミが起こり、新聞のコラム等で取り上げられる中、首都圏での一般映画館上映に至ったものである。人間の生命が軽視されがちな現代だからこそ、「生命尊重」のメッセージが観る者に強い共感を与え続けてきたのかもしれない。
●  「自分たちができること」への積極さ
  先に述べた老人医療費の無料化、乳児死亡率ゼロの達成に向けて先頭に立ったのは、当時の故・深沢晟雄村長である。映画は、その故・村長の墓に住民が次々とお参りするシーンから始まっている。深沢氏が村長となった時代は、旧沢内村は豪雪と貧困に見舞われ、多病多死の恐怖と住民たちは戦っていた。そうした厳しい状況に見舞われていた中で、それでも人々は「生命尊重」の旗印のもとに、助け合いの伝統を培ってきたのである。
  映画を観て驚かされるのは、老人医療費無料化などの制度面というより、住民たちが「自分たちのできること」に対して積極的に手を差し伸べようとする光景だ。盛岡の児童養護施設の子どもたちに西和賀町の豊かな自然に触れてもらおうと、町内のNPO法人が「夏季転住」の受け入れを計画する。そのホームステイ先は一般の町民宅なのだが、どの町民も心から子どもたちを歓迎して受け入れる。
  町内の特養ホームの高齢者に、防寒をほどこしたソリに乗ってもらい、美しい雪景色を堪能してもらう企画が上がる。暖冬で雪が少ない中、住民が総出で雪を集めてソリの道を作り、到着地点にかまくらを作って高齢者を歓待する──どれも住民たちが「やらされている」といった空気がまったくない。現代の日本において、この温かさはまるで異世界のように錯覚させられる光景だ。
●  福祉制度改革へのヒント
  この風土を育んでいるものは何か。映画では豊かな自然描写以外の多くは語られない。だが、一つだけヒントらしきものが描かれる。戦後すぐに故・深沢氏が中心となって、村の文化や伝統、そして住民の声などを克明に追った広報誌を創刊する。自分たちはなぜこの土地を愛するのかというアイデンティティーがここで育まれ、それが脈々と受け継がれる下地を築かれたことが分かる。
  西和賀町では20〜40代という、深沢行政を知らない若者たちが自主的に寺子屋を立ち上げ、仲間同士の思いを語り合う場を設けている。その中には町外から嫁いできた若い女性がいて、「最初は何もないこの土地にやってきたのが嫌で仕方なかった」と独白しつつ、授かった子どもと共に「今はこの町でずっと生きていきたい」と言う。彼らの心の揺れと自立の過程を見る中で、福祉とは制度だけで立ち行くものではなく、地道な教育と住民間のコミュニケーションがあってこそ成り立つものであるということを痛感する。そこには、日本の福祉制度が突き当たっている大きな壁を乗り越えるためのヒントが隠されている。
(田中 元 医療・福祉ジャーナリスト)
2008.12.15
前のページにもどる
ページトップへ