>  今週のトピックス >  No.1785
失業者対策に「介護福祉士」の育成支援
〜市場のミスマッチは解消するか?〜
●  国が検討する「全額負担」
  1月16日に舛添厚生労働大臣が閣議後の記者会見で示した施策が、高齢者介護の現場で話題となっている。来年度予算に関連して、省内に「雇用拡大プロジェクトチーム」を設置するというものだが、そこで検討するのが、いわゆる「派遣切り」などで職を失った人々を対象に、慢性的な人手不足に悩む介護現場への雇用に結びつけようという施策である。
  具体的には、1年間に約2万6,000人を対象として、ヘルパー1・2級および国家資格である介護福祉士の受験資格に必要な研修を受けてもらい、その費用を全額国で負担するというものである。これまでも、公的な職業訓練の場ではヘルパー1・2級の資格取得に向けた講座はあったが、介護福祉士取得までをにらんだ研修費用の負担というのは珍しい。しかも、雇用保険の被保険者でない人は、失業手当の代わりに研修期間中の生活費を生活給付貸付制度として捻出、一定の条件に該当すれば返還免除も盛り込むという。
●  安易な対策に甘くない世論
  世界的な景気後退による製造業の失業者増と、離職率が高止まりする介護現場の人手不足を何とかマッチングさせ、同時に解決へと導こうとする施策といえる。果たして、こうした“マッチング施策”は大きな成果を上げることができるのだろうか。
  このニュースが伝えられた後、あるラジオのニュース番組にゲストとして出演する機会があった。番組の構成として、一般のリスナーから当施策に対する意見を電話で募集し、それについて専門家の立場からコメントをするというものである。自分としては、恐らく賛否は半々に分かれるだろうと予測していた。主に製造業の失業者と介護の仕事を安易にマッチングすることへの違和感がある一方で、一般の人々の中には「失業した人は仕事を選んでいる場合ではない」という考え方も根強くあると思っていたからだ。
  ところが、リスナーからの意見は圧倒的に「反対」が多い。特に多かったのは介護現場で働く人からの意見で、「安易に失業者対策に利用できるほど、介護の仕事は甘くない」とか「介護現場の人手不足を解消させたいなら、介護報酬のアップにもっと財源をつぎ込む方が先」などとなかなか手厳しい。
  自分自身、高齢者介護の分野に人を呼び込む施策は必要と感じてはいる。だが、それは介護現場の魅力を向上させ、人材が自然と引き込まれる環境をつくることが前提である。国としては、今回の3%の報酬増や、昨年末から実施している「年長フリーターを継続的に雇用した事業所」に対して最大100万円を助成するといった施策を打ち出してはいる。だが、こうした財源投入策も、それまでの事業所の赤字を補てんするという程度で終わってしまうという声が多い(定額給付金が不人気となっている背景とよく似ている)。
●  求められるのは介護市場の国家的底上げ
  考えてみれば、今回「派遣切り」が問題になっている自動車メーカー等の輸出中心産業は、国の経済政策の方針によって築き上げられてきたと言ってもいい。その構図が崩れたいま、「介護事業に人を移す」という新たな方針を築くのであれば、その受け皿となる介護市場を国家的なプロジェクトとして底上げしていく覚悟が必要だろう。その覚悟をにじませるメッセージが感じられないゆえに、「先にやるべきことがあるだろう」といった反発が先行してしまうのではないか。
  ちなみに、今回の施策が発表された数日後、ある自治体が予定している独自の緊急雇用対策の概略を入手することができた。「新規に無資格者を雇った場合の事業所への助成金」という施策自体は国のものと似ているが、異なるのは金額の提示方法である。就業者1人につき、月額18万円を6カ月支給するという。
  ここには、事業所助成というだけでなく、「無資格者でも18万円の初任給を確保する」という強いメッセージが込められている。半年間であっても、その金額が業界における待遇の最低基準であるという認知が一定程度社会に浸透すれば、介護業界の社会的地位の底上げにつながる可能性もある。
  いま国に求められるのは、こうしたメッセージ性の高い施策ではないだろうか。もちろん、同様の施策を国レベルで行うには相応の財源を必要とするが、2兆円の定額給付金が捻出できるのであれば、決して不可能なことではない。「生きたお金の使い方」をそろそろ本気で考える時期に来ているといえる。
(田中 元 医療・福祉ジャーナリスト)
2009.02.02
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