>  今週のトピックス >  No.1833
ある介護事業者の業務停止事案を考える
〜その真相と家族介護の実態について〜
●  処分が疑問に思われるケースも
  介護事業者による介護保険からの報酬不正請求等をめぐり、業務停止などの処分を受けるケースが後を絶たない。悪質な事業者への取り締まりは厳しく進めるべきだが、一方で「なぜ、この事案が処分されるのか」と疑問に思うケースも時々見られることがある。
  4月16日、三重県内の通所介護(デイサービス)事業者が、サービスの一部について業務の効力停止という処分を県から受けた。その理由について、同県の長寿社会室のホームページ上では「指定通所介護事業者の利用者を当該事業所に住まわせたうえで、通所介護サービスを提供した」とある。つまり、デイサービスを利用していた人が「長期の泊まり」から、そのまま事業所内に居住していたことを問題とし、その居住者分のデイサービスにおける報酬を不正請求としたという。
  介護報酬の対象となるデイサービスにおいて、何かしら悪質な事案があったというのであれば理解できるが、この発表だけでは「デイサービスを利用している人を住まわせてはいけない」という読み取りしかできない。
●  制度化により生じるさまざまな縛り
  この事案において連想されるのが、2006年度の介護保険制度改正において、新たなサービスとして誕生した小規模多機能型居宅介護をめぐる課題である。このサービスは、都道府県ではなく市町村の指定によって実施されるもので、デイサービスのような「通い」のサービスを中心としつつ、利用者の状況に応じて「泊まり」や「訪問」などのサービスも随時に提供するというもの。刻々と変わる利用者ニーズに柔軟に対応できる画期的なサービスとして注目を集めたものである。
  そもそも、このような柔軟なサービスは、「宅老所」と呼ばれる市民レベルでの活動から生まれたものだ。当初、デイサービスを運営しながら、家族介護者の体調がおもわしくないなどの事情に対応するため、介護保険外の自主事業として「泊まり」や「訪問」などを随時行っていたという歴史がある。この草の根の知恵を、制度化したものといえる。
  ところが、いったん制度化されてしまうと、そこにはさまざまな縛りもまた存在することになる。もちろん、利用者の安全等を考えた場合、「泊まり」の際の人員配置や居住スペース等の基準を設定することは必要だろう。一方で、「いったん小規模多機能型に登録した利用者は、他の事業者のデイサービス等を利用できない」とか「報酬が包括払いとなることで、経営的に厳しい状況が生まれる」など、かえって利用しにくい、運営しにくいという指摘の声も少なからず上がっていた。
  そのため、このサービスが登場したとき、それまで「デイサービス+自主事業」という形態で運営していた事業者からは、「そのままの形態で運営を続けることは可能なのか」という問い合わせが、厚労省に対してなされた事情もある。これに対し、当時の厚労省の回答は「2006年4月以降も(先のような形態の運営は)可能である」というものだった。
●  根本的解決に求められる国レベルでの対応
  振り返って、冒頭に示した業務停止事案を見てみよう。事業形態だけ見れば、先の厚労省の回答から大きく外れるものではない。では、何が問題だったのか。三重県に直接問い合わせたところ、「デイサービスを実施する機能訓練スペースに、そのままベッドを持ち込んで実質的に居住スペースを兼ねていた」ことを問題視したという。つまり、サービス提供を行う環境の劣悪性に着目したわけだ。
  居住フロアが別に設けられているのであればともかく…、ということだが、理屈自体は納得するとしても、こうしたサービス形態に一定のニーズがあった点は無視できない。一部報道でも、利用者家族側からは「居住」をNGとすることに困惑する声もあったという。
  となれば、やはり「家では介護できない」という厳しい状況の受け皿が不足していることが問題の本質となる。この点を国として改善する方策がない限り、いくら取り締まりを強化しても、劣悪なサービスがなくなることはないだろう。それは、高い社会貢献意識をもって取り組んでいる事業者にとっても迷惑な話となる。わが国が直面している介護の実態をめぐり、今回の事案はさまざまな課題を投げかけている。
(田中 元 医療・福祉ジャーナリスト)
2009.04.27
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