>  今週のトピックス >  No.1841
臓器移植法の改正議論が活発化
〜国民的な合意形成の場を工夫したい〜
●  新型インフルエンザの余波
  新型インフルエンザの出現が世界中を震撼させているが、この問題が思わぬ所に影響を及ぼしている。世界保健機構(WHO)が、臓器の渡航移植を制限する「イスタンブール宣言」に基づく指針改正を進めていたが、新型インフルエンザへの対応に追われる中で、1年ほど決議を先送りすることになった。
  この「イスタンブール宣言」は、2008年5月に国際移植学会が出したもの。海外渡航による臓器移植が活発化することにより、現地の国民の移植機会が奪われたり、貧困という構造が生み出す臓器移植を目的とした人身売買などが横行している。その現状に歯止めをかけるべく、「自国民の移植ニーズに足る臓器を自国または周辺諸国の協力を得てドナーを確保する努力をすべきである」としたものだ。
●  議論は活発化しているものの…
  わが国の場合、臓器の提供に関しては「本人の書面による同意と家族の承諾」が条件となっており、しかも15歳未満では臓器提供の意思表示そのものが認められていない。結果、心臓移植をはじめドナーの脳死を前提とした国内での移植はほとんど進んでいない。1997年に臓器移植法が施行されて後、心臓の脳死移植はわずか65件で、現在の待機者数はその倍にあたる120件強に及んでいる。
  そのため、心臓など脳死を前提とした移植のため、海外に渡って手術を受けるという人も増え続けている。今回のイスタンブール宣言がWHOの指針に反映されれば、海外患者の受け入れを病院移植件数の5%まで認めているアメリカでも、規制が強化される可能性がある。そうなれば、海外渡航による移植に望みを託す人の願いも叶うことが困難になる。
  この事態を受けて、現在、わが国の国会では臓器移植法の改正に向けた議論が活発化している。2006年に現行法の要件を緩和した2案、2007年には逆に「脳死判定を厳格化する」という規制強化案が提出されたが、人の死の判定にかかわる問題であるため、党派よりも個人の哲学・死生観に左右される要素が大きく、度重なる与野党協議によっても、合意の道筋が見えにくい状況が続いていた。
●  「時間がない」という現実に立ち向かうために
  当初、海外渡航による臓器移植の規制強化は5月にもスタートすると見られていたため、国会では3つの案の折衷策が模索された。与野党の有志議員によって発案された同案は、脳死判定は現行と同じとするが、ドナーによる臓器提供条件は「本人の意思不明なら、家族の判断」という形に緩和、提供年齢も「15歳未満は第三者機関の意見を必要とする」という条件を付帯しつつ原則撤廃とした。
  だが、脳死状態のドナーの家族に、臓器提供の理解を得ることは大変に困難である。臓器移植を待つ患者側にしてみれば、「国内で移植が実現できない状況は異常である」と考えるのは至極当然ではあるが、国民的な合意形成までのハードルは決して低くはない。
  実は、先のイスタンブール宣言では、「死体ドナーによる臓器移植の発展を阻害するような障壁、誤解、不信の解決に取り組むには、教育プログラムの実施が有用である」とも述べられている。つまり、規制緩和を進めると同時に、受入れる国民側の意識を変えている仕掛けが必要だということだ。日本の場合、欧米のキリスト教文化と比較して、確固たる死生観を支える哲学は極めて多様である。その中での合意形成は、まさに地道な国民的議論が必要だが、臓器移植を待つ患者側にしてみれば「時間がない」という現実だけが重い。
  今回の新型インフルエンザの件で猶予ができたとはいえ、法案審議を含めた国民的な議論を停滞させるわけにはいかない。何かしら、国民参加の形で議論を進めていく方法はないものか。かつてタウンミーティングなる手法が話題を呼んだが、今こそ、この手法をもう一度見直す手もあるのではないか。各界の知恵を総動員することを真に望みたい。
(田中 元 医療・福祉ジャーナリスト)
2009.05.18
前のページにもどる
ページトップへ