>  今週のトピックス >  No.434
テロ防止? 寄付したら処罰の危険性
  ワールドカップで浮かれている間に、問題の多い法案と条約批准「テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約」(以下「テロ資金防止条約」と略)と、それに関連する国内法である「公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供などの処罰に関する法律」(以下「テロ資金供与処罰法」と略)が日本においても決定された。有事法制やメディア規制三法案については多方面からの批判が続出し、国会での成立の見通しは微妙になっているが、その蔭に隠れたかたちでの決定だった。「テロ対策」ということで、与党だけでなく社民党などを除く野党のほとんどが賛成し、十分な審議もないままの成立である。
  まず、「テロ資金供与処罰法」が6月5日に参院本会議で可決、成立。また国内法整備が整ったのを受け、政府は6月11日の閣議で「テロ資金防止条約」を受諾することを決定した。
  NGO(非政府組織)や難民救援向けの活動に寄付した経験を持つ人は少なくないだろう。今回成立した法律と条約は、こういった寄付行為への善意や意欲を大きく削ぐものになりかねないのだ。人の命を奪うテロは断じて許されない。しかし、その一見正当と思える条約や法に、どんな問題が潜んでいるか検証してみよう。
  「テロ資金防止条約」というこの条約の目的とは、テロに関わる団体・個人に対する資金援助と受領を犯罪として処罰しようとするものだが、実はこの条約が規制の対象とするテロ行為の定義が極めて曖昧なのだ。国際的にも共通の認識があるとはいえず、国連でも意見が分かれまとまっていない状態だ。たとえばアラブ諸国などは、パレスチナなどの民族自決の抵抗運動をテロ定義からはずすこと、また正規軍の国家テロを対象範囲に加えるよう求めている。
  米国のCIAが国外で行う秘密工作もテロではないかという見方もあるが、この条約に批准しているのは日本、英国とカナダのみ。国際的にテロ撲滅の流れが強まっているとはいえ、米国やロシア、ドイツ、フランス、中国など大多数の国連加盟国はまだ批准していない。なぜこれほど疑問が多い条約の批准を日本は十分検証することなく決めてしまったのだろうか。
  「テロ資金供与処罰法」とは、「テロ資金防止条約」を実行するために政府が提案した国内法だが、輪をかけて問題が膨らんでいる。この処罰法は、まず「公衆、政府、外国政府、地方公共団体に対する脅迫目的」で対象とされる犯罪行為をくくるとともに、対象犯罪を航空機、船舶、人質などだけではなく「爆発物を爆発させ、放火し、その他の重大な危害を及ぼす方法により重大な損傷を」電車などの運搬車両、道路、公園などの公共施設、原発、電気、ガスなどの公用施設、建造物などに与えることにまで拡大し、その範囲も曖昧にしている。
  しかも授受された資金が、対象とされる犯罪行為に使われたかどうかに関わらず、10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金を科されてしまう。これは刑法にもない「寄付処罰罪」の新設といえる。対象とみなされたら、1円でも10円でも1,000円でも寄付は犯罪ということになる。
  例えば、パレスチナの子供たちの教育資金をサポートして処罰されるということもあるかもしれない。また、アフガン難民キャンプの食料や医薬品などの支援をしても、そこにテロリストと思われる者がいるとみなされ、処罰の対象にされるということもあるかもしれない。チベット独立、ビルマ(ミャンマー)軍政に反対する活動や反戦運動など、他にもさまざまな市民活動が対象になる可能性も考えられる。
  南アフリカのアパルトヘイト廃止運動を行っていたANCとその代表で、その後南アフリカ大統領にもなったネルソン・マンデラ氏は、時の政府からテロ活動として弾圧を受けた。また、最近独立した東ティモールの大統領グスマオ氏と独立戦線の活動も同様だった。インドネシアによる武力併合に対する抵抗運動は、インドネシア政府には、テロ活動とみなされた(ちなみに日本政府は、国際世論が東ティモール独立容認に傾くまで、インドネシア政府を支持し続けてきた)。お隣の韓国の場合もそうだ。現在大統領となっている金大中氏は、かつて軍事独裁政権下で民主化運動を続けた結果、国家反逆罪の判決を受けた(その当時、日本政府は軍事政権支持だった)。
  このようにテロの定義は極めて難しい。こういった政治的不条理を正す活動を支援することが、今後どう判断されるのだろうか。表現手段を奪われた人々が行なう抵抗をテロ行為として規制することを認めれば、国際社会が抑圧的な政治・宗教体制の延命に手を貸すことにつながってしまう。寄付行為が処罰されれば、思想信条の自由や結社の自由などが著しく侵害される恐れもある。処罰を恐れて寄付が減れば、市民団体の財政基盤も尻すぼみになってしまうだろう。
  今回成立した法では、テロ行為の判断は捜査機関の手に委ねられている。破防法・団体規制法のような団体認定の手続きも必要なく、処罰範囲が拡大し、恣意的なものとなる可能性がある。そもそも法律というのは曖昧であってはいけない。政府の都合のよいように解釈されることは極めて危険であるといえる。国会では成立の際に「捜査権の乱用が行なわれないよう法案の適用は慎重に」という付帯決議が加えられたが、一度できてしまった法律の影響は少なくないだろう。今後の市民側の監視が必要だ。
(フリーライター  志田 和隆)
2002.06.18
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