>  今週のトピックス >  No.449
なぜ狂牛病は4頭と少ないか?
  2001年9月に日本で公式に確認されたBSE(牛海綿状脳症、狂牛病)は、同年10月から食肉牛を対象に「全頭検査」が実施されるようになった。2頭、3頭とBSE牛の検出が続くと、武部農水相は「これからも、もっと出るだろう」と発言した。しかしその予想は外れ、2002年5月に北海道音別町で4頭目が発見されたに止まっている。狂牛病が今だ4頭と少ないのはなぜだろうか。
  実は、BSE検査をすり抜けるさまざまな抜け道があるのだ。BSEは潜伏期間が長く、感染していても発症または感染が確認されるのにある程度の年齢以降(生後2歳半以降)となる。実際、日本国内で発生した4頭のいずれもが、5歳以上で乳を搾れなくなった乳牛(廃用牛)だった。感染した牛が見つかり牧場全部の牛が処分されるのを恐れ、乳が出なくなった後も出荷せず、飼育を続けていた酪農家も少なくなかった。
  風評被害や処理施設の汚染を避けるため、廃用牛を受け付けない屠蓄場もあるぐらいだ。廃用牛はその出荷価格の暴落が特に激しく、売った利益よりBSE発見のリスクの方が大きくなったため出荷が滞った。そういう状況では飼料代がかさみ、酪農家の負担は増すばかりだ。農水省は廃用牛を一頭当たり4万円で買い上げる制度を打ち出しているが、買い上げた牛はすべて解体されて検査に回るため、酪農家は制度利用にも前向きではない。
  2001年暮れあたりから、捨て牛について報道されるようになった。また、自前で処分し埋めている酪農家の噂も聞かれるようになった。しかし、おそらく一番多い抜け道は弊獣(へいじゅう)処理だろう。
  弊獣処理とは、農場で死んだ家畜や病気の家畜を処理することだ。これまで肉骨紛を作っていたレンダリング工場などで行われていたもので、1頭あたり15,000円程度の処理費がかかるが、BSE検査が行なわれないため、そこに目をつけた酪農家が廃用牛を畜舎で薬殺し、弊獣処理する動きが出てきたのだ。地元の自治体や農協が、情報提供や処理費用などでのサポートをしているケースも少なくないという。
  農水省は2001年12月から、牛の“総背番号制度”として「個体識別システム」を導入した。牛の耳に10桁の数字が入った番号札を付け、牛の経歴を一元管理するというものだ。検査で狂牛病と分かった場合、「耳番号」を見ることでどういう経歴の牛かをすぐにチェックできるようになり、感染ルートなどの解明にも役立つ。EU(欧州連合)では1998年1月以降、番号を付けることを規則で定めている。オランダ、フランス、カナダなどがすでに法制化している。日本では2002年3月までに国内の約450万頭すべての牛に耳標を取り付ける予定だったが、実際には6月いっぱいまでかかったようだ。廃用牛の弊獣処理は、その取り付けが終わるまでにかなり行われたと思われる。多くの都道府県の農政部は「法的には問題がない」としているが、全頭検査に廃用牛は含まれず、結果としてBSEの実態が分からなくなる恐れがある。将来的な対策も取れなくなってしまう。
  専門家によれば、農場などで死亡した牛からBSEの病原体が検出される率は、食肉処理に回される牛の10倍以上とみられるている。欧州では、その発見率は食肉処理される牛より10〜20倍も高い。このためEU(欧州連合)はBSE禍の実態を掴む決め手として、2001年7月から死亡牛の全頭検査に取り組んでいる。日本では毎年7〜8万頭が農場で死ぬが、この死亡牛の全頭検査はまだなされていない。
  現在、政府・与党は欧州に倣い、飼育中に死亡した2歳以上のすべての牛を、2003年4月から検査する法案を打ち出し成立した。しかし、来春というのはあまりに遅いスタートだ。結局のところ畜産業界の保護が先で、食の安全性・消費者保護は後回しとされ、国内でのBSEの感染ルートは究明されないままに片付けられそうだ。
(フリーライター  志田 和隆)
2002.07.16
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