>  今週のトピックス >  No.457
政府の雇用政策は労働者にメリットをもたらすか?
●労働者の立場がますます不安定に
  どこからでも行政手続きができる住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)が、2002年8月5日から稼働する予定となっている。これは住民基本台帳に記載されている国民全員に11ケタの番号を割り当て、約3300ある都道府県や市町村を専用回線で結び、コンピューターで一元管理するシステムだ。今のところ4情報(氏名・住所・性別・生年月日)に限られているが、やがて納税や介護保険、医療保険、そして病歴、職歴から交通違反や犯罪歴、果ては遺伝子情報さえも統一番号の下にデータ化されるような「国民総背番号制」になりかねない。
  今回の提言の内容をみると、全体として労働者よりも事業主よりの立場に立っており、労働者の立場をますます不安定にさせかねない要素がある。その典型が裁量労働制の見直しだ。
●裁量労働制の規制緩和で長時間労働がすすむ
  裁量労働制とは、仕事のやりかたを労働者の裁量にゆだね、適当な業務について実際に働いた時間ではなく、仕事の成果によって賃金が決められる制度だ。工場労働者などのブルーカラーと違って、専門職やクリエイティブな仕事においては、仕事の成果は必ずしも労働時間に比例しないからである。裁量労働制は、成果主義を求める時代に合った制度といえる。
  だが一方で、裁量労働制は労働者の長時間勤務を常態化しかねないため、これまで導入については厳しい要件が設けられていた。今回の提言ではその規制を緩和し、企業が裁量労働制を導入しやすくしようとしている。これが実現すれば、企業が残業代を払いたくないために裁量労働制を導入し、労働者に長時間労働を強いるという例も出てくるだろう。ただでさえリストラで人が減った職場で裁量労働制が導入されると、労働者の健康を害し、過労死が続発しかねない懸念がある。導入にあたっては無制限な長時間勤務を防ぐための対策が強く求められる。
  また、提言では契約社員の契約期間の延長(原則1年から5年へ)も検討している。契約期間の期間延長は契約社員の身分の安定化につながるとはいえ、正社員が契約社員に置き換わるのを促進するだけという見方もある。
  【裁量労働制には2種類ある】
  1)専門業務型…新製品の開発、コピーライター、公認会計士などの専門職が対象
  2)企画業務型…企画、立案、調査、および分析業務を行う労働者が対象
●政府の目的は労働者の保護よりも景気の回復?
  労働基準法はもともと労働者を守るための法律だが、最近の流れをみると事業主を保護するための法律に変わりつつあるように思われてならない。今回の提言も、結果的には人件費の圧縮を目指すものであり、労働者の側にはあまりメリットがない。企業の利益を向上させることで景気回復につなげたいという政府の思惑が透けてみえる。特に、提言の中にある解雇ルールの法制化については労使とも積極的に望んでいないのに、人材の流動化を進めて衰退産業から成長産業に人を置き換えたい政府が積極的に押し進めているという印象を受ける。
●労働者は自らリスク管理を
  もちろん、労働者にとって働き方の選択肢が増えるのはいいことだが、規制緩和が必ずしも労働者の利益につながるものではないことには留意したい。今後、成果主義や実力主義が進めば、労働者は従来のような手厚い保護は受けられなくなると覚悟したほうがいいだろう。働き方が多様化すればするほど、労働者は自分の立場を把握し、リスクを管理する必要が出てくる。実力主義の時代に頼るべきものは、会社や法律ではなく自分自身だということをあらためて自覚したほうがよさそうだ。
(マネーライター  本田 桂子)
2002.07.30
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