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厚生労働省の介護給付分科会を傍聴して
〜目先の数字だけにとらわれる危うい議論〜
  さる10月28日、厚生労働省の社会保障審議会介護給付分科会を傍聴してきた。この分科会は新たな介護報酬額を決定するための公聴会で、今回で15回目を数える。
  前回までに介護報酬改定に向けた大まかな方針は見えてきていたものの、具体的な報酬額についてはまだ打ち出されていなかった。今回、傍聴に出向いたのは、介護事業経営実態調査の報告がなされるためで、これを叩き台として具体的な報酬額が見えてくるのではないかという期待を抱いたからである。
  結論からいうと、肩透かしをくらったという印象が強い。確かに、実態調査の報告によって「施設サービスは黒字(介護老人福祉施設で損益12.2%。ちなみに介護保険前はマイナス5.6%)、在宅サービスは赤字(訪問介護で損益マイナス2.0%、居宅介護支援でマイナス20.2%)」という傾向は明らかになった。以前から指摘されてきた収益の実態が調査によって具体化したわけだ。
  しかしながら、これだけで「施設サービスは減額、在宅サービスは増額」という結論を出してしまうのはあまりに乱暴だろう。例えば、調査結果に添付されている職員給与のデータを見ると、介護老人福祉施設の職員で月額給与は21万円台。国家資格である介護福祉士の取得者でも25万円に満たない。これでは家族を抱える世帯主の給与にはなりえないが、そうした低賃金労働の実態についてはほとんど議論されずじまいだ(実際、翌日の新聞各紙は「特養ホームは収益を伸ばしている」という表層だけを取り上げた記事ばかりだった)
  もう一つの問題は、出席委員の中に自治体関係者が多く、「保険料アップは何としてでも阻止」という意見ばかりが声高になっていることだ。明らかな無駄を削るという議論ならばいいが、委員の中から「介護タクシーへの給付論議は時期尚早」とか「住宅改修給付の適用基準を厳しくすべきだ」という意見が見られたのには驚いた。
  介護タクシーが利用者の外出を促すうえで多大な効果があることは既に明らかだし、早期の住宅改修が利用者の身体能力低下を抑えることもいまや常識である。にもかかわらず、「住民の要介護度悪化を防ぐことが結果的に保険料負担を軽くする」という中長期的な視野がまったく見られないのである。
  もし、保険料アップが住民の納得を得られないのであれば、もっと説明の機会を増やし、低所得者に対するセーフティネットをさまざまな視点(例えば、地域をあげてボランティア育成事業を行うなど)で整えればいい。実際、地道な努力で住民の納得を得て、高額の保険料徴収を実現させている自治体はいくつもある。
  責任ある立場の人が、目先の住民感情だけを気にした発言を繰り返す光景は、介護保険制度そのものの迷走を暗示している。これからの超高齢社会に、国をあげてどうやって取り組んでいくかというビジョンがなければ、介護報酬がどのように設定されても国民の理解を得ることは難しいだろう。
(医療・福祉ジャーナリスト  田中 元)
2002.11.12
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