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秋田県鷹巣町「高齢者安心条例」を考える
〜現地で触れたこれからの福祉の「常識」〜
  11月中旬、秋田県鷹巣町を訪ねる機会があった。鷹巣町といえば、羽田澄子監督のドキュメンタリー映画「住民が選択した町の福祉」(1997年)の舞台として福祉関係者の間で知らない人はいない。町の高齢化率が25%(後期高齢化率10%超!)を超える状況の中、一部の住民が始めた勉強会が発端となって、国内ではトップレベルの高齢者福祉を確立した歴史を持つ。福祉への予算配分を渋る議会に対し、住民一人ひとりが立ち上がって政策転換を実現させるという様子は前出の映画で克明に描かれている。
  その鷹巣町で今年4月、「高齢者安心条例」が施行された。国内では初めて「介護サービスの質の向上」を目的に掲げた条例で、主に利用者に対する「権力行使」を徹底的に制限することを定めたものだ。福祉先進国デンマークを模範にしたという画期的な内容に、全国の自治体から注目が集まり、関西や九州などからも視察団がひっきりなしに訪れている。視察団に対応するため、駅近くに設けられた居宅介護支援事業所内に、専門のコーディネーターまで常駐するのだから驚きだ。
  権力行使の制限というと、昨年厚生労働省が掲げた「身体拘束ゼロ作戦」が思い浮かぶ。これは、利用者の身体を拘束(利用者をY字ベルトで車椅子に固定する、ベッドの周囲に4点柵を設けるなど)せずに、転倒・転落などの事故を防止するための方策を考えるという指針である。だが、「高齢者安心条例」はそのはるか先を進んでいる。
  例えば、施設内で利用者の徘徊を防ぐために設けられた探知機、あるいは、痴ほうの利用者が他人の居室に居座り、それを排除するためにスタッフが腕を引っ張って連れ出すという行為。従来ならば「やむをえない」という理由で黙認されていた監視や実力行使、これらが皆「権力行使」と定義付けられて、制限の対象となっている。
  興味深いのは、権力行使を制限する条文の表現である。この手の法令・条例というと「この行為は禁ずるが、例外あり」という表現になりがちで、結果的にザル法に陥る危険がある。「高齢者安心条例」の場合は、「この行為を禁ずる」という表現は一切使われておらず、代わりに「この行為をする時は町長の承認を得る」とか「行為を行ったら町に報告し、それを町が公表する」という表現を使っている。
  つまり、例外的に行われがちな部分にスポットを当て、それを住民全体で管理・監視していく手法の方が、逃げ道を狭めて抑止力を上げることができるという考え方だ。これはデンマークの社会福祉サービス法の概念を参考にしたもので、「ルポ老人病棟」などの著作で知られるジャーナリスト・大熊一夫氏が指針に肉付けを行っている。
  介護保険制度施行から、はや3年。利用者の権利意識が徐々に高まっていく中で、鷹巣町の取り組みが全国の高齢者福祉に大きな影響を与えることは間違いないだろう。
(医療・福祉ジャーナリスト  田中 元)
2002.11.26
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