>  今週のトピックス >  No.532
介護職の医療行為について
〜「痰の吸引」を認めるか否かの議論〜
  今年10月、厚生労働省は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の痰の吸引を、ホームヘルパーの業務として位置付けることができるかどうかについて検討作業に入った。これは、ALS患者団体とその家族の訴えに対し、坂口厚生労働大臣が「検討時期にきている」と答弁したことを受けたものだ。
  要介護者に対する痰の吸引は、現行では「医療行為」と位置付けられている。つまり、医師、あるいは医師の指示のもとで看護師が行うべき行為であり、介護職であるホームヘルパーがそれを行うのは違法行為にあたる。だが、不思議なのは「例外的に、要介護者の家族ならできる」とされていることだ。
  ALS患者の場合、身体の運動筋が徐々に麻痺していくため、一定時間ごとに痰の吸引を行わなければ命にかかわってくる。一方で感覚障害や意識障害はないため、人工呼吸器などの医学管理さえしっかりしていれば、十分知的労働などに携わることができ、事実、患者側の社会参加意欲は高い。
  つまり在宅での生活ニーズは高い一方で、痰の吸引という定時的行為をどうするかが大きなジレンマとなる。訪問診療や訪問看護がまだまだ立ち遅れている現状では、ホームヘルパーか家族に頼るほかはない。ヘルパーの吸引行為が禁止されるなら、「素人」である家族にかかるストレスは想像を絶したものになるだろう(今年に入って、自動吸引器が開発されたというニュースが流れたが、実用化までにはまだ時間がかかるという)。
  今回の検討作業はALS患者に限っているが、介護を必要とする高齢者の中にも、うまく痰が吐き出せないために窒息の危険と隣り合わせになっているケースも少なくない。
  例えば、在宅に近い環境づくりを目指すグループホームの場合、入居者の平均年齢が上がる中で痰の吸引といった医療行為をどうするかは大きな課題である。グループホームの人員基準の中に看護師の常駐は含まれておらず、グループホームに訪問看護を派遣した場合は介護保険からの給付が行われないというハードルも存在している。
  「では、ヘルパーに相応の研修を義務付けて痰の吸引を合法化すればいいではないか」という声は当然高まる。ただし、この流れをつくるためには、同時並行で2つの条件についても考えなければならない。
  一つはヘルパー側の意識改革である。吸引器の性能が高まったとはいえ、操作を過った時に重大な危険を伴うことに変わりはない。もし、事故が発生してヘルパーの過失が問われたとき、ヘルパー側に「法廷で被告になる」という認識があるのかどうか。相変わらず非常勤という雇用形態が多い中で、相応のリスクに耐えられる職業意識が養われなければ、苦境に陥るのは現場のヘルパー自身である。
  もう一つは、在宅医療を早急に整えること。例えば、訪問看護は人員配置基準が厳しいため(常勤換算で2.5人)思うような開設が進まず、給付水準が伸びない状態が続いている。これでは、いざという時の医療・看護側のバックアップが十分になされず、現場のヘルパーだけがしわ寄せをくうことになりかねない。
  痰の吸引ができるかどうかという単一のテーマではなく、制度全体をふかんしながらの対応を望みたい。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)
  広範囲な運動筋が徐々に麻痺していく原因不明の難病。飲み下しの困難や発声障害を経て、やがては呼吸筋も麻痺して死に至る。40〜70代の男性を中心に、10万人に4〜5人の割合で発症する。診断 後5年以内に死亡する例が多いが、人工呼吸器の装着で10年以上生存するケースもある。
2002.12.10
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