>  今週のトピックス >  No.563
介護報酬の改定案まとまる(2)
〜施設の報酬減が、現場を崩壊させる?〜
  今月3日、東京都羽村市の特別養護老人ホームの理事長が労働基準法違反の疑いで逮捕された。職員一人当たりの残業時間が平均50時間を上回っていたにもかかわらず、残業代をほとんど払っておらず、タイムカードの改ざんまで行っていたという極めて悪質な事件である。
  ここまでひどい事件は特別だが、介護現場を取材していると、多かれ少なかれ施設スタッフの待遇の悪さについて考えさせられることがある。介護サービスというのは、ユーザー側の身体や心に直接かかわってくる分野であるがゆえに、働く側の生活やメンタル面の健全性を軽く見ることは、業界そのものが崩壊する危険性をはらんでいる。
  実は、1月に出された介護報酬の改定案を分析するに当たり、働く側の環境が悪化するのではという危ぐが高まっている。特に問題なのは、仮単価だけで4%もダウンした施設サービスに関してである。
  もともと施設サービスの単価ダウンの前提には、「赤字の多い居宅介護事業者に比べて、施設の経営状態は良好」という調査分析がある。この調査の信ぴょう性自体怪しいところだが、問題なのは「なぜ施設は黒字なのか」という考察がほとんどなされていない点だ。
  言うまでもなく、施設側の黒字幅は、ほとんどが現場職員の低待遇によって支えられている。このうえ4%もの単価ダウンが現実になれば、介護職によって生計を成り立たせること自体が不可能になる。冒頭に示したような不正行為も増加するに違いない。
  お金の問題だけではない。施設側の報酬改定で見逃せないのが、「退所に関する指導や相談援助」にさまざまな加算項目が加わったことだ。これに要介護度の低い人ほど仮単価が低くなるという改正点をプラスすると何が見えてくるか。要介護度の低い人を多く入所させるほど、施設側の経営は圧迫される。そういう人々を退所させるほど加算が付く。つまり、「元気な人ほど施設から在宅へ」というスローガンのもと、要介護度が低い人への「施設追い出し」圧力が強まりかねない。
  だが、単価が低くなるということは、利用者負担も低くなるということで、利用者側の「入所したい」「出ていきたくない」という意向も強まるに違いない。(実際は利用者本人というより、その家族による思惑が強いのだが)
  施設側と利用者側の思惑がぶつかりあったとき、現場で板挟みになるのは誰かといえば、利用者に最も近い現場職員にほかならない。低待遇を高い志で必死にカバーしている彼らに、この上メンタル面を悪化させる要因が加わるとすれば、介護現場を支える人材の損失にもつながりかねない。
  一番怖いのは、介護の質がメルトダウン*を起こし、利用者の命にかかわる事故が発生することである。事故の増加は「危険な職場」のレッテルにつながり、揚げ句は「介護職になどなるものではない」という風潮が生まれる可能性もある。せめて冒頭のような事件に対して行政が厳しい姿勢を貫くとか、職員のメンタルケアを義務付けるなどの対応を望みたい。
(医療・福祉ジャーナリスト 田中 元)
メルトダウン(meltdown)
  原子炉が事故を起こして、炉心が溶解すること。
2003.02.11
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