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介護先進国デンマーク(中編)
〜医療・看護・介護という職業のあり方〜
  前回に続いて、デンマークの介護現場、特に在宅におけるチームケアの現状を報告しよう。
  介護、看護そして医療。在宅ケアを担う三つの主な職種がスムーズな連携をとれているのはなぜか。一つは教育カリキュラムが、中等教育を修了した後の公の教育課程として一貫して体系付けられているからだ。その前提として、中学2、3年から就労体験や職業相談会を催すなど、早期の段階で職業観を形成することに力が注がれている点が挙げられる。
  日本の場合、医師や看護師については国家試験をパスしなければならないが、ホームヘルパーは民間事業者が主催する研修を修了すれば誰でもなれる。そのため、教育カリキュラムにおける整合性はとりにくく、職業観の形成についても職種ごとのすり合わせが行われない。
  日本で象徴的なのは、介護現場において基本的なコミュニケーションが取れていないケースだ。
  よく聞く話だが、医療職から「ヘルニア」という言葉が出た時、看護師は「同じヘルニアでも、脱腸を意味することもあれば腰痛を意味することもある」ことを頭に入れている。ところが、介護職の場合は医学的な専門知識が薄いため、「ヘルニア=腰痛」しか思い浮かばないケースがよくある。その時点で、正しいカンファレンスは成り立たない。
  教育システムの問題となれば、デンマークの事例を日本にすぐに取り入れるのは難しいかもしれない。しかし、現場レベルで改善できるヒントはある。その一つを挙げてみよう。
  デンマークの公共サービス機関では、保育所から介護サービスチームに至るまで、各現場において、「基礎価値」というものを掲げている。これは、いわば企業の経営理念のようなもので、公的に義務づけられているものである。
  具体的な中身としては、例えば「広い人間見識、相互寛容、個人差への敬意を実現する」「メンバーの職業能力向上への挑戦を支援する」といったように、職場のスローガンに近い。中身自体は抽象的だが、重要なのは、これを決める上でチームのメンバーが職種の枠を超えて何度も話し合いを持つことだ。
  日本では異なる職種間で議論する場は、申し送りなどの実務ミーティング程度しかない。だが、スローガンのようなものを決める話し合いとなれば、まず特定の職種でしか通用しない言葉は排除される。異なる職種にも分かる言葉で自分の職務内容を説明し、理解させるといった訓練が自然になされるわけだ。
  つまり、基礎価値を決める議論が、異なる職種間の壁を溶かす役割を果たしている。これならば、日本の介護の現場でもやり方次第で取り入れられる可能性がある。
  実はもう一つ気づいたことがあるのだが、デンマークでは医療・看護・介護の職種を問わず、利用者本人と非常によく話しをする。「話す」といっても世間話ではなく、患者や利用者が「どんな治療、介護を受けたいか」「どのような生活を送りたいか」ということをきちんと意思表示し、専門職との間で共同プロデュースをしているというイメージなのだ。
  もちろん、国民性の違いという指摘もあるだろうが、少なくともデンマークでは、患者や利用者側の自己決定を尊重する風土の中で、専門職が「自分たちにしか分からない言葉」を極力使わない(使えない)環境に置かれることは事実だ。
  日本は「お役所用語」や「政治家用語」なるものが、すぐに幅を利かす。せめて医療や福祉の現場から言葉の改革を進めていくこと。案外、これが医療・福祉サービスの質を向上させる切り札なのかもしれない。
(医療・福祉ジャーナリスト 田中 元)
2003.04.01
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