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労災保険の民間開放は、問題あり
  小泉首相の諮問機関である総合規制改革会議は、現在、労災保険制度の民営化に向けた検討を行っている。平成15年11月10日の厚生労働省との意見交換をはじめ、その後も資料やデータの提出を求めるなど、労災保険の民間開放を主張している。厚生労働省は11月28日、総合規制改革会議にこれらの求めに対して書面で回答している。いずれにしても厚生労働省は、労災保険制度の本質について議論をしておらず、今後、慎重に対応する必要がありそうだ。
●  労災保険制度の基本的な考え方とは
  厚生労働省が提出した「総合規制改革会議アクションプラン実行WG資料」では、労災保険制度の基本的な考え方について次のようにまとめている。
1.
労災保険制度は、社会保障の一翼を担うものであり、労働者保護の観点から国が行うべき
 
(1)
労災保険は、労働条件の最低基準である被災労働者に対する事業主の災害補償責任の履行確保を目的とする強制責任保険である。
 
(2)
補償内容は労働条件の最低基準を超える水準となっており、全事業主の集団的責任に基づく社会保険として、国の社会保障の一翼を担っているものである。
2.
迅速・適正な労災補償のため監督行政・安全衛生行政と一体であるべき
 
(1)
労働基準行政は、労働者の生命や健康を守り、災害を未然に防止するため、監督行政や安全衛生行政を通じて現場を監督指導することで、さまざまな問題点を把握し、労働者保護の観点から行政を展開。
 
(2)
労災保険事業は、被災労働者保護を目的に行っており、監督行政、安全衛生行政と一体的に運営されてはじめて、社会経済情勢に合わせた被災労働者に対する迅速かつ適正な補償が可能になる。
 
(3)
発生した災害に対する補償のみならず、労災保険事業から得た情報を基に再発防止のための安全衛生上の対策を講じることなどにより、労働者保護という行政の使命を遂行する。
●  民営化により、労働者保護が後退
  労災保険制度には、自賠責保険における車検制度のように加入を担保する仕組みがなく、また民間の保険では、労災保険と異なり強制加入や滞納処分ができない。その結果、未加入・未納事業場が増大し、被災労働者が補償を受けられない恐れがあることは確かである。
  また、民営化しても、保険事業のみの運営では的確な労災認定は難しいといえる。災害が業務上か業務外かの判断については、刑事責任に連動する事業主の災害補償責任の有無の判断として、国が行うべきであろう。同様に過労死問題などでは、民間保険会社の認定では、公正さに疑念を抱かれてしまう。当然のことであるが、民間保険会社では、経営破たんのリスクを避けることはできないので、労災保険が長期の年金を給付する場合もあることを考えると、民営化された制度自体の信頼にもかかわる。
●  厚生労働省と総合規制改革会議との攻防が続く
  総合規制改革会議が、労災保険の問題点を鋭く指摘しているのも事実だ。未適用の事業所が多いこと、保険料率を検討するに当たっての将来債務の計算根拠が不明確である点は、厚生労働省にとっても頭の痛いところだ。
  しかし、総合規制改革会議は、労災保険の民営化について安易に考えているようにみえる。この問題について連合の事務局長は談話の中で、米国の労災保険を扱う損保会社が倒産し社会問題化していることや、ニュージーランドでは民営化した制度を再び国営に戻していることを例に挙げ、労災保険の民営化が労働者の権利を著しく侵害するものであるとして断固反対している。
  今後、厚生労働省と総合規制改革会議との攻防が繰り広げられるに違いないが、規制緩和の波があらゆるところに起こっていることは確かである。
(社会保険労務士  庄司 英尚)
2003.12.08
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