>  今週のトピックス >  No.803
動き始めた「高齢者虐待防止」施策
〜第三の「防止法」制定が急務に〜
  4年前に成立した児童虐待防止法が、より実効性の高い法律を目指すべく今国会で改正された。3年前には、DV(ドメスティック・バイオレンス)防止法が施行され、配偶者や恋人への暴力に対して一定の歯止めが期待されてきた。いまや親族・肉親間の虐待を防止することは、厚生行政にとって最も重要なテーマの一つと言っていいだろう。
●  把握しづらい「高齢者虐待」の実態と、遅れる国の対策
  しかしながら、これら一連の施策の中で、唯一対策が遅れてきた「虐待」がある。それが高齢者に対する虐待だ。いまだこの分野に関して、防止策を規定した法律はない。
  高齢者虐待というのは、被害者である高齢者が閉じ込められがちな傾向が強い。また、単純に暴力に訴えるだけでなく、介護放棄や言葉による精神的虐待、高齢者の財産を勝手に処分するといった経済的虐待など、その内容は多岐に渡っている。以上の点から、実態が表に出にくい、あるいは第三者が実態をつかみにくいという特徴があり、国レベルの対策が遅れ気味だったことは否めない。
    しかしながら、4年前の介護保険施行や在宅介護支援センターによる地域高齢者の実態把握事業などが進むにつれ、ようやくその深刻な実態が明らかになってきた。高齢者虐待に関する事例調査によれば、約7,000例のうち、生命の危険に関わるケースは1割を占めるという。このように深刻化する虐待の実態を受け、ようやく今年の3月、厚生労働省は初めて、高齢者虐待に関する通報や相談を受ける窓口の設置などを検討する作業に入った。
  もっとも、それ以前にも自治体レベルでは虐待の早期発見に向けたネットワークシステムの構築などが試みられてきた。神奈川県横須賀市が平成13年から始めている「高齢者虐待防止ネットワーク事業」などは、先駆的な事例といえ、厚生労働省もモデル事業として推進する立場をとっている。
  だが、児童虐待防止に関する一連の経過を見てもわかる通り、やはり防止の決め手となるのは、国レベルで基本法を制定することに限る。法律制定はそれ自体、国民への啓蒙につながることで予防効果を発揮し、虐待防止に取り組む現場スタッフに強い権限を与えることになる。この意義は極めて大きい。
●  動き出した行政
  すでに野党・民主党は、高齢者虐待防止にかかわる専門家を招聘(しょうへい)しての勉強会を開始。来年度に予定される介護保険制度改正に合わせて、「高齢者虐待防止法」の制定を目指す動きを見せつつある。
  そもそも高齢者虐待というのは、同居する家族介護者の「介護ストレス」が根本にあるケースが多い。なかでも痴ほう高齢者に対しての家族のストレスは想像を絶するものがあり、その場においてはどんな人でも虐待の加害者となりえる。従って、虐待の早期発見と同時に、痴ほう高齢者を地域全体で支えていく仕組みの強化をワンセットで考える必要があるわけだ。痴ほう高齢者に対しては、プロの介護職・医療職でさえ、最近まで「身体拘束」という人権に関わる重大行為を平然と手がけてきた。そう考えると、国民の人権意識の底上げを図ることは容易ではないかも知れないが、いずれにせよ、一刻も早い防止法制定が望まれることに変わりはない。
(医療・福祉ジャーナリスト 田中 元)
2004.04.12
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