>  今週のトピックス >  No.851
今こそ問われる「痴呆高齢者の権利擁護」
〜家族・親族が「加害者」に回る現実〜
●  老人性痴ほうに対する関心が高まる
  高齢化が進む中、老人性痴ほうに関心を向ける人が増えつつある。東京都老人総合研究所の本間昭研究員が行った「痴呆とその病名告知に関する一般を対象とした意識調査」によれば、"痴ほう症かもしれないと思ったら、痴ほう症がどんなふうに進んでいくのか、知りたい"、"痴ほう症かもしれないと思ったら、痴ほう症の治療法について、知りたい"、"痴ほう症であることがわかったら、数年先にどんな症状が出てくるのか、知りたい"と答えた人の割合は、それぞれ80%を超えている。
  だが一方で、「痴ほう症が進み、自分自身のことを決めることが困難になる前に、治療や介護の方法をどのように決めておきたいか」との設問に対し、"遺言のような形で全部自分で決めておきたい"という人は24%にとどまった。最も多い回答は、"信頼できる家族を指名しておき、その人に決めてほしい"(39.2%)というものだ。要介護状態になった場合、最も身近な家族・親族へ寄せる信頼感が依然として強いことを示す一例といえる。
  家族・親族への信頼感の強さは、伝統的な家族意識の表れとして、「好ましい」傾向ととらえる人もいるだろう。だが、現実は、「好ましい」意識から大きくズレつつある。
出典:東京都老人総合研究所発行「痴呆とその病名告知に関する一般を対象とした意識調査」本間昭
●  把握しづらい高齢者虐待の現状
  厚生労働省がこの春、高齢者虐待についての調査結果を発表した。それによれば、「虐待をする側」のうち最も多いケースは、被害者と血のつながりがある「息子」(32.1%)で、従来多いと言われていた「息子の嫁(配偶者)」の20.6%をしのぐ結果が出た。しかも、この虐待者が「外部からの介入を拒否する」ケースが4割近くを占めているという。これは、高齢者虐待の解決が難しい要因として考えられる。
  ところで、虐待というと多くの人は「身体的虐待」を思い浮かべるだろうが、実は急速に増えているケースに「経済的虐待」がある。つまり、高齢者の財産・資産を、本人の同意なしに勝手に処分してしまうというものだ。痴ほうなどによって本人の判断能力が低下し、しかも虐待者が最も身近な家族・親族ともなれば、こうした「経済的虐待」はなかなか表面化しない恐れが強い。
●  「成年後見人制度」、本来の目的と落とし穴
  ついせんだって、痴ほうの老夫婦の財産から400万円を横領した「おい」が逮捕されるという事件が発生した。この事件が衝撃的だったのは、何と犯人の「おい」が、老夫婦の成年後見人だったという点にある。
  痴ほうなどによって判断能力が低下した場合、家庭裁判所が選任した後見人が、本人に代わって財産管理や契約等を行うことができるという制度がある。介護保険制度のスタートとほぼ同時に施行された「成年後見制度」だ。この痴ほう高齢者の自己決定を尊重する制度が、新たな犯罪を生んでしまったわけだ。
  実は、この成年後見制度は、弁護士や司法書士といったまったくの第三者も後見人になることができる。個人による悪用を防ぐため、法人が後見人になることも可能だ。つまり、同法の理念としては、親族・家族ではなく、中立的立場で財産管理のできる個人・法人を後見人として想定していることになる。
  しかし、最高裁判所の調査によれば、現実には後見人の8割以上が家族や親族で占められたという結果が出ている。これでは、高齢者の財産や権利を守ろうとする法の趣旨はなかなか機能しないのではないか。
●  待たれる国レベルの対応
  世界に類を見ない高齢者社会へと突入しているわが国においては、痴ほうなどによって判断能力が低下した場合の「自己決定」や「権利擁護」について、国レベルでの啓もうや普及のシステムが早急に望まれる。例えば、現在議論されている「高齢者虐待防止法」の中で、明確な制度として取り入れていくことも必要だろう。
(医療・福祉ジャーナリスト  田中 元)
2004.07.05
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