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「痴呆」の呼び名が変わる
〜病気への正しい理解を広めるために〜
  介護・医療の現場で長年使われてきた「痴呆」という用語が見直されることになる。今年6月、厚生労働省内が「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」をスタートさせ、7月中旬に新しい用語案を提示。その後、国民や関係団体からの意見を集約しつつ、11月には介護保険制度の見直し案と並行させる形で報告書が作成される予定となっている。
●  なぜ「痴呆」ではいけないのか
  痴呆という言葉がいつごろから使われるようになったかは定かではないが、江戸時代中期の文献にはすでに「痴呆」という文字が見られるという。その後、長い歴史を経て医療現場等で使われ続け、昭和55年に開催された旧厚生省内の審議会資料において、老人精神障害のうちの器質性精神障害の一種として「痴呆」という言葉が使われたのが、行政資料に登場した最初といわれる。
  以降、介護保険制度の条文などでも「痴呆」という言葉は医学的な専門用語として使われてきた。それがなぜ、いま見直されようとしているのか。今回、見直しの理由として挙げられているのが、「痴呆」という言葉が侮蔑的な意味を多分に含んでいる点にある。
  「痴呆」という言葉を分解すると「痴=おろかなこと、ばか(例 痴情、痴漢)」「呆=ぼんやりしていること(例 阿呆、呆然)」という具合に、本人の人格を否定しかねない印象を与える。その結果、「痴呆」という病気への正しい理解をゆがめ、本人の尊厳を無視したケアに結び付くという危惧があるわけだ。
  こうした趣旨の下、痴呆研究の権威である高齢者痴呆介護・研修センターが今年4月に厚生労働大臣宛に「呼称の見直しに関する要望書」を提出、呼称見直しの発端となった。要介護認定を受けた人のほぼ半数に痴呆症状がみられるという現状下、介護保険見直しの議論が「痴呆ケアに重点を置く」という方向に向かっていることも、今回の見直しを大きく後押ししている。
脳の構造的・形態的な病変が原因で起こる精神障害。
●  虐待事例の減少も目指す
  現在までに新しい呼称の候補として挙がっているのが、「認知障害」や「認知症」、「もの忘れ症」など。認知障害という言葉は、アメリカの精神医学会が示している「アルツハイマー型痴呆」の定義に登場するもので、失語や失行(運動機能が正常であるにもかかわらず運動・活動を遂行することができない)、失認(感覚機能が正常であるにもかかわらず物体を認知できない)などの状態を総称するものである。痴呆症状を具体的に示す言葉としては、現在のところ「認知障害」が適当という声が多い。
  一方では、「言葉だけ言い換えても、社会的な偏見を完全になくすことはできない」という意見もある。だが、少なくとも「痴呆」という病気への正しい理解を広める上では、症状を明確に表す言葉への言い換えは決して悪いことではない。そもそも「痴呆」という言葉は「何も分からなくなってしまった人」という誤解を生みやすく、それが家族介護者を絶望に陥れ、結果、ストレスからくる虐待などにつながっていた。今回の用語改革をきっかけとして、「この病気は全人格を否定するものではなく、あくまで認知能力の障害にすぎない」という理解が浸透すれば、痴呆高齢者に対するタブー視を和らげ、虐待事例を大きく減らすことも可能だろう。
(医療・福祉ジャーナリスト  田中 元)
2004.09.13
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